らととりとめもないことを喋《しゃべ》った。
 宮川には、矢部のいうことが腑《ふ》におちないながらも気の毒になって、彼に金をやることにした。
 矢部は、紙幣《さつ》をありがたそうに頂《いただ》いて、ポケットにおさめたが、そのあとで訴えるような目つきでいったことである。
「全くの話が、金に困って居らなければ――いや、美枝子という女を知らなかったら、僕の脳の一部を売ったりはしなかったんですよ。あんまりいい値段だったもんで、つい黒木博士のさそいにのっちまったんです」
 宮川は、今やしみじみと、一年間の入院のあとをふりかえらずにはいられなかった。自分がこうして再生して、全快するまでには、こうした大きな犠牲もあったのであるか。前代未聞《ぜんだいみもん》の脳の売買だ。黒木博士は、やりもやった。またこの矢部青年も、よく売ったものである。
「一体、君はどの位の値段で、脳の一部とかを博士に売ったのですか」
「それは――」といいかけて、矢部は俄《にわか》に口をつぐんだ。そして悲しげな顔になって、「それは云うのをよしましょう。とにかく莫大《ばくだい》な金でした。大きな土地を買って、りっぱな邸宅をたてることがで
前へ 次へ
全31ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング