相場で僕が何倍かの大金を儲《もう》けたら、僕はなにをするつもりだったか、あなたにお分りですか」
 宮川は、矢部の激しい語気《ごき》におされて、うしろへ身をひきながら、
「さあ、僕には、君がそのような大金をなんに使うつもりだったか分らないねえ」
 とこたえた。すると矢部は、ぎりぎりと歯ぎしりをして叫んだのであった。
「ぼ、僕は、あなたに売った脳を買い戻したかったんだ。売った値段の二倍でも三倍でもなげ出すつもりだったんだ。だが、とうとう僕は失敗した。でも、いつか僕は、あなたの頭蓋骨《ずがいこつ》の中から、きっと僕の脳を買い戻してみせる!」
 ベンチのうえに真青《まっさお》になった宮川を尻眼にかけて、怪青年矢部はすたすたと足早に、向うに立ち去った。


   禁断《きんだん》の女


 ひとりになった宮川は、あらためて戦慄《せんりつ》の復習をやった。
 なんというおそろしい男だろう。
 一旦自分の脳を売っておきながら、その金で相場をやって、儲かればその金で、自分の脳を買い戻そうというのだった。
 買い戻すといっても、彼の脳は、いまはちゃんと他人の脳室に入っているのである。いくら金を積んでも、
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