ら》があった。まだ火がついたままで、紫色の煙が地面をなめるように匐《は》っていた。彼はそれを見ると、急に煙草が吸いたくなった。彼は、汚いという気持もなく、吸殻《すいがら》の方へ手をのばして、泥《どろ》をはらうと口にくわえた。
 すばらしい煙草の味だった。だが、間もなく火は彼の指さきに迫って、もうすこしで火傷《やけど》するところだった。彼はびっくりして、吸殻を地上に放りだした。
「あははは、宮川さん。あなたは煙草を吸うようになりましたね、おそろしいもんだ」とつぜん背後《うしろ》から声をかけられ、彼は腰をぬかさんばかりにおどろいた。ぱっとベンチからとびあがってうしろをふりむくと、
「あっ、君は――」といった。
 さっきの男だ。怪しいぎろぎろ眼玉の顔色のわるい、青年であった。
「君、君は一体だれですか」
 宮川は、いつの間にか、またベンチに腰をおろしていた。蛇《へび》にみこまれた蛙《かえる》といった態《てい》であった。
「僕ですか。僕をご存知ないのですか」
 青年は、すこしずつ彼の方によってきた。
「知らないよ。人まちがいだ。早く向うへいってくれたまえ」
「そんなことをいうものじゃありません
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