くまでのそのそとほっつき歩いた疲労《つかれ》から、睡眠《ねむり》も思ったより貪《むさぼ》り過ぎたためか、妙に今朝の寝醒《ねざ》めはどんよりとしていたので、匆々《そうそう》タオルと石鹸を持って飛び込んで来たのだった。
めっきり、暖い午前なので、浴室には何時ものように水蒸気も立ち罩《こ》めてはいなかった。
よっちゃんと呼ばれる風呂屋の由蔵《よしぞう》が、誰かの背中を流しながらちょっと挨拶した。陽吉は黙って石鹸と流《なが》し札《ふだ》を桶《おけ》の上に置いて湯槽の横手へ廻った。浴客は皆で四人、学生らしいのが湯槽に漬《つか》っているだけで、あとはそれぞれ流し場でごしごしと石鹸を使っていた。由蔵が流してやっている老人が、いかにも心地好《ここちよ》さそうに眼を細くしてされるがままに肩を上下に振っている。全くのんびりとした昼湯の気分が漲《みなぎ》っていた。
陽吉は、そうした気分を未だ充分に感じられずに、ひょいと手拭を湯槽に浸《ひた》した。と、ピリピリといやに強い感覚、頸動脈《けいどうみゃく》へドキンと大きい衝動が伝《つたわ》った。何となく心臓の動悸《どうき》も不整《ふせい》だな、と思いながらも
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