殺されている女湯の客の着衣《きもの》が見当らないなんて、そんなおかしい訳はある筈がないと、一同は一様に不審の面《おもて》を見合せた。もしや先刻《さっき》の混雑に紛れて、誰かがその女の着物を掠《かす》めたとしても、足袋一足、湯文字《ゆもじ》一枚も残さぬという筈はなかった。
「じゃあ、下駄はどうだ?」
赤羽主任は躍起《やっき》となって、番台横の三和土《たたき》を覗いてみたが、その下駄も片方すら見当らないではないか?
「一体、此の女は何処から入って来たんだろう?」
赤羽主任は脳髄の痺《しび》れるのを感じた。が、その疑問は疑問として、とにかく天井裏の屍体も、差当り放っては置けなかった。
やがて、発見者の刑事を先頭に赤羽主任や刑事連は、釜場の梯子を上って行った。向井湯の主人も、命ぜられて兢々《きょうきょう》と一同の後に続いて昇って行った。
由蔵の部屋は、わずか三畳敷の小室《こべや》であった。西に小窓が一つあって、不完全な押入が設けられてあった。その押入の中には、柳行李《やなぎごうり》やら鞄やらが入っている。そして、成程《なるほど》、天井の板が一枚めくられていた。一同はゴソゴソとその穴から
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