え。狭い梯子《はしご》で昇れるようになっている所だ」
 部下の一人に耳打ちした赤羽主任は、次にも一人の部下に、容疑者《ようぎしゃ》として由蔵の逮捕|方《かた》並《ならび》に非常線を張ることを、本署に電話するように命じた。
 直《すぐ》に、その二人はそれぞれの役目に就《つ》くべく其の場を去ると、赤羽主任は、向井湯の主人と女房を眼で呼び寄せた。
 主人は、赭《あか》ら顔を全く恐怖で包んだまんま扉口《とぐち》の前列に立っていた。女房はというと、投げ出した蒲団の後に眼を据《す》えたまま口を開けて立ちつくしている。四囲《あたり》の人々がどうあろうと、そんな判別もつかぬらしく、ただ徒《いたず》らにその眼は執念《しつこ》く女の屍体に注がれていた。
「君たち夫婦の中で、この女の顔に見覚《みおぼ》えのある者はいないかね?」
 赤羽主任の訊問《じんもん》に、はじめて我に返った両人は、再び指し示されたその女の屍体に眼をやったが、答は横に振った首でなされた。
 次々と、その場に居合せた程の人々は、順に訊ねられたが、口数少く、いずれも女の身元に就《つい》ては未知《みち》との答ばかりであった。
 と、何を思ったか
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