ことである。
 男湯の方の出来事に注意を鳩《あつ》めていた警官連や他の男達は、どっと、その声に誘われて女湯の方へ雪崩《なだ》れ込んで来た。
 司法主任の赤羽直三《あかばねなおぞう》氏の蒼白《そうはく》な顔が、何時の間にか交《まじ》っていた。
「おお! こりゃ兇器《きょうき》で殺《や》られてる。みんな傍へ寄っちゃいかん! 大変だ。君、急いで手配をして見張って呉《く》れ給《たま》え!」
 彼は、さすがに昂奮の色を見せて誰に云うとなく叫んだ。と同時に、刑事らしい一人がバタバタと表口へ駆け去った。
 男湯と女湯との仕切板の上から、いくつも覗いていた顔は、一様にさっと筋ばった。見るに忍びず、といったそれらの顔色が示す事件は、いったい何であったのだろう?――
 女湯の白いタイル張りの床の上に、年の若い婦人の屍骸《しがい》が俯伏《うつぶし》に倒れていたのだ。いや、それよりも何よりも、一目見た程の人々の心に、最も強く映ったのは、その白いタイルの一面に、紅《べに》がらを溶かしような[#「溶かしような」はママ]生々《なまなま》しい血糊《ちのり》がみなぎっていたのだ。そして、怖ろしいまでの苦悶《くもん》の跡
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