《おうしゅう》したのち、女房は返事も口の中でして奥の間へ飛び込んだ。押入から蒲団を曳《ひ》きずり出すと、力一杯それを抱《かか》えて釜場の方へ引返して来た。と、其処にも男湯の方を覗き込んでいる近所の若衆が二三人立っていた。
「みなさん、お客様はもう死んでしまったんですか?」
「助かるだろうというんですがね、まあ早く蒲団を持ってってやんなさい!」
だが、女房はその扉口《とぐち》に近く、警官や刑事らしい人々が数人、ひどく難しい表情で突立っているのを認めると、何故か心怯《こころおび》えてゆく気にはなれなかった。
「すみません、ちょっと此処を開けて下さい!」
女房は、傍の人に声をかけて、女湯の扉口を頤でしゃくってみせた。
無言で開けられた扉口《とぐち》から一歩、女湯の方へ足を踏み入れた彼女は、又も思わず「吁ッ!」と叫んだ。
その声にはっと反射的に此方《こちら》を向いた扉口《とぐち》の連中は、「おやッ!」と、ひとしく目を瞠《みは》った。
「お、女湯にも、大変です! 女湯にも人が、人が……」
タイル張りの流し床に蒲団を放り出した女房が、こう叫んだのは、すべて計《はか》ることの出来ない瞬間の
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