って来た。赤羽主任が、尚《なお》もその先を辿《たど》って見ると、その電線の一端《いったん》は、電灯線の所謂《いわゆる》第四種線に絡《から》まって由蔵の屍骸の傍に終ってい、他の一端を探ってみると、棟木《むねぎ》の上に、ベルに用いるようなマグネットがあって、更に下部《かぶ》へ降りて男湯の天井を匍って電気風呂の男湯の配線の中へ喰い込んでいた。専門外のこととて瞭《はっき》りしたことは判らなかったが、とにかく、簡単ながら、男湯の電気風呂へ、何かの仕掛けが施《ほどこ》されていることだけは、誰にも首肯《しゅこう》されたのであった。
 赤羽主任の脳裡には、漸《ようや》く事件の綾《あや》が少しずつ明瞭になってくるのを覚えた。そして、此の事件の犯人は、この天井裏に潜伏していて、望遠鏡と活動写真撮影機とを使用して、女湯の天井から、犯人の恋人ででもあるらしい肉体美の女を殺し、その藻掻《もが》き苦悶《くもん》して死んでゆく所を、活動写真に撮影しようと思ったのでもあろうか。つまり一種の変態性慾者である。そして、その犯行を遂《と》げるために、最初、男湯に強烈な電流を通じて、浴客の一人を感電せしめ、その混乱から人々の注意が男湯の方に集っている機に乗じ、犯人はその女を吹矢で殺して、その目的である活動写真撮影を完成し、兼《か》ねて恋愛の復讐か何かを遂行《すいこう》したものであろう。――と、これが、赤羽主任が匆々《そうそう》にまとめ上げた推理の筋道であった。
 赤羽主任は考える。――それから由蔵は、何かの異常に気がついて、此の天井裏に上ってみたが、逸早《いちはや》くそれと知った犯人のために、物蔭から吹矢で射殺《いころ》されたに違いがない。それが証拠に、由蔵の屍体には、明かに格闘をした形跡が残っていないではないか。――
 だが、これだけではまだ解《と》き足りない謎が大分沢山残されてある。
 第一は犯人が一向《いっこう》遁《に》げ出した様子がないことである。此の風呂場で感電騒ぎが起ったとき、向井湯の直ぐ向う側にある交番の警官が、バタバタと飛び出して来た浴客の女達のあられもない姿を認めて、彼女等を訊問《じんもん》したことに依って早くも事件を知って、時を移さず表口や裏口に手配をしたことが報告されている。感電事件に居合せた浴客の男達も、陽吉の手当している間に、警官に堅く禁足《きんそく》を命ぜられていた。後から飛び込んで来た近所の連中や通行人さえ、みんな留め置かれている。猫の子一匹だって表へ出たものがないとしたら、犯人は必ず此の向井湯の中に、依然として現在も居る筈に違いない。万一その犯人が由蔵の室の窓から外へ飛び出したとしても、見張りの警官に認められぬということはあり得ない。
 第二に、由蔵が、何故《なにゆえ》にこの天井裏に異常のあることを認めて、此処《ここ》まで上って来たかということである。いくら気が顛倒《てんとう》していた場合とは云え、他の人間に知らせずに、こんな所へ一人で上って来る筈はない。
 第三に、最も不審なことと云えば、女湯で惨殺《ざんさつ》された彼の婦人の着衣も下駄も一物として発見されぬ事である。仮に当時の女湯の客で、手の長い人間か、狼狽者《ろうばいしゃ》が居たとして、その女の着衣を持ち出したとしても、足袋《たび》の片足や、湯文字《ゆもじ》の一枚までも残さぬなどという大胆不敵な行動が、あの際出来るものでなく、下駄の無いことに至っては、もはやそんな生暖《なまぬる》い想像は覆《くつが》えされるべきことであろう。
 最後に疑問として残ることは、当時数人居たと想像される、いや、居たに相違ない女湯の客が逃げ出す時、どうしてこの女が殺されたことを誰一人として知っていないのであろうか。いくら女は気が弱いと云っても、その辺のことを考えると怪しむべき余地は充分にあろう。が、これも、殺された女が事件を他《よそ》に悠々と落ついて、たった一人で何時までも湯槽《ゆぶね》に漬《つか》っているなり、流しているふりしていたと考えれば、幾分合理性も認められるが、浴客中に、もしもその様に落ついた女が一人も居らなかった場合を考えると、天井裏に穏れて、かねて計画の機会を待っていた犯人が人知れず或る女を殺したり、活動写真を撮影したりすることも不可能となって来るから、此の辺《へん》も尚不審である。
 赤羽主任は考え疲れて、頭がフラフラするのを覚えながら、一同と共に再び階下に降りて来た。
 由蔵の部屋から釜場《かまば》へと梯子《はしご》を降りている時、赤羽主任は、奥の居間から、湯屋の女房が茶盆《ちゃぼん》を持って出て来るのを見た。と、同時に、彼は、ハッタと、忘れていた或事に気がついた。先刻《さっき》、女房が云ったことには、釜場の下で変な裸体の女に突き当った。その女が「女湯の方は何事もない」と云ったのにも拘《
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