かかわ》らず、僅か幾分と云わせずして、女の屍体が発見されたではないか。女が、女湯の方へ入った時には、女の屍体はどうしても其処にあった筈である。それなのに彼《か》の疑問の女は何事も言わなかった。ひょっとすると、その女が、惨殺された女の着衣や下駄を自分の身につけて、澄《す》ました顔で表戸から出て行ったのではなかろうか? だが、もしそうだとすると、その女は一体何処から来て、彼女の真実《ほんとう》の着衣や下駄は何処にあるだろうか。仮に、その女が犯人だとしても、まさか女が裸体で天井裏にいたのもおかしいし、また女が女湯から活動を撮《と》るなども変な話である。
――そう考えながらも、赤羽主任は、孰《いず》れにしろ、その惨殺された女の着衣と下駄を探すことが、事件の解決に最も役立つものであることを知って、後ろに続いて来た部下の一人に命じた。
「由蔵の部屋の持物を全部洗ってみろ、女の持物が出て来るかも知れないからな」
梯子を降りかかった刑事の一人は、そう云われて直《ただち》に再び部屋へ取って返した。
やがて五分も経ったと思われる頃、その刑事は由蔵の部屋から顔を出して勢《いきお》いよく答えた。
「主任、ありました。何だか、おかしなものが出ましたぜ!」
「ふむ、そうか、何だね?」と主任の声。
「ま、ちょいと来て御覧なさい!」
刑事は頬の辺《あた》りを変に歪《ゆが》めて、いやらしい笑いを見せた。赤羽主任は云われるままに梯子を昇って行ってみた。
室の中央に投げ出された柳行李《やなぎごうり》の中に、一杯女の裸体写真が詰《つ》まっていたのだ。それは主にサロンの安っぽい印刷になる絵葉書や、新聞雑誌の切抜らしいものばかりであったが、更にその奥の方からは、独逸《ドイツ》文字の学術的な女の裸体研究書などが出て来た。が、それにも拘らず、目的の女の着衣は部屋の何処にも見当らなかった。
然《しか》し、斯《こ》うなると、由蔵に就《つい》ても余り軽々しく考えられなくなって来た。何故なら、それらの持物でも判るように、由蔵は立派な変態性慾者であるに違いなかったからである。
暫くして、又刑事は押入の隅から望遠鏡のサックを曳《ひ》っ張り出した。――赤羽主任の頭は愈々《いよいよ》混乱して来るのであった。……
と、其の時、釜場へやって来た人間が、やあと声をかけた。それは、赤羽主任のよく知っている警察医《けいさつい》の山村であった。
「御苦労さまで、どうも。所で赤羽さん、あの感電騒ぎをやった井神陽吉という男ですな。大分意識も恢復して来たようですが、先生|頻《しき》りに帰りたい帰りたいと言うのです。言ってきかせても解らないので閉口してますが、どうでしょうな、あんまりあの男の意志に逆《さか》らうと、心臓が昂進《こうしん》して悪いのですが、お差支《さしつか》えなかったら、あの男を一応帰らしたらと思うんですが――。ええ、もうそりゃ決して逃げられるような身体じゃありませんよ」
「じゃあ帰してやりましょう。警察の者を二三人附き添《そ》わしてやって下さい。然し一応|身元《みもと》調べをすましたんでしょうな?」
「身元調べでは先刻《さっき》注射の後で、前の交番の村山巡査にやって貰っときましたよ。村山君、ちょっと先刻《さっき》の調査を見せて呉《く》れませんか?」
呼ばれて釜場へやって来たのは、制服の巡査村山辰雄であった。彼は、事件の最初から見張り番に当って、一向犯行の経路も、捜査の経緯《いきさつ》も知らないのであった。
「村山君、他ではないが感電した男の身元調べをやって置いて呉れたそうですが――」
赤羽主任に問われて、規律的《きりつてき》に「はい」と返事した彼は、懐中から手帖を出してぱらぱらめくっていたが、或る頁《ページ》を読み上げて報告しようとした。
「おっと、ちょっと僕にだけ見せて呉れ給《たま》え!」
云われて、村山巡査は、四囲《あたり》に湯屋の夫婦やその他|役筋《やくすじ》でない人間のいることを知って苦笑しながら、その頁を開いたまま手帖を赤羽主任に手渡した。
と、見る見る赤羽主任の面には輝《かがや》くばかりの喜色が漲《みなぎ》った。
「これだ、犯人は判った!」
「えッ、犯人が判りましたか? あの、井神陽吉が、では、犯人なのですか?」
キョトンと解《げ》せぬ面持で、村山巡査は反問した。
「いや、然《そ》うじゃない。樫田武平《かしだぶへい》、あの男に違いない!」
断乎《だんこ》として云い放った赤羽主任の顔を、事情の判らない一同は不審そうに瞶《みつ》めた。
「いや、有難う、村山君。君の手帖のお蔭で図《はか》らずも犯人、いや有力な嫌疑者《けんぎしゃ》が判明した。感謝する!」
益々意外な赤羽主任の言葉、しかしそれはこうであった。
初め赤羽主任は、村山巡査の手帖を受け取った時、感電
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