そ》うだろう?」
「おお、よく御存じで。此間《このあいだ》一度、軟派《なんぱ》の事件で始末書を取った奴です」
満足そうに同行の部下を顧《かえりみ》た赤羽主任は、初めて愉快らしい笑《え》みを浮べた。
樫田武平の取調べの結果、事件の一切は判明した。
彼は、かねて、若い女が苦悶《くもん》して死んでゆく所を映画に撮ろうという、大《だい》それた野心を持っていたのだ。それは、多分に彼の変態性の欲望が原因したのであったが、職業とする所の趣味道楽が、ひどく凝《こ》り固《かたま》ったことも一部の因《いん》をなしていた。で、彼は種々《いろいろ》と研究と計画を廻《めぐ》らした結果、それが夢でなく実現することが出来ることを発見した。それには、彼の行きつけの風呂向井湯という、電気風呂を利用することが、最も容易な手段であったのだ。
先ず彼は、日頃おさおさ怠《おこた》りなく向井湯の内外を研究し、それに、特有の肉体美を備えた若い婦人を一人選んで、彼女の入浴の際、特殊の方法で惨殺しようと計画した。
事件のあった日の暁《あかつき》、彼は自家《じか》の売品《ばいひん》たるフィルムを一本と現像液を準備して、それに店にあった小形撮影機を一台と、パンや蜜柑《みかん》などの食料品、束髪の西洋鬘《せいようかつら》などを一緒に風呂敷に包み、向井湯の裏口へ赴《おもむ》いた。そして物蔭に隠れて種々《いろいろ》と様子《ようす》を窺《うかが》ったのち、午前十時頃、由蔵の隙《すき》を窺《ねら》ってその部屋から天井裏に忍び込んだ。彼が斯《か》く忍び込むまでには、充分の用意と研究が積まれてあったことは勿論《もちろん》である。彼は、先ず汽罐《きかん》を開けて自らの着衣《ちゃくい》と下駄とをその中に投入して燃やし、由蔵の部屋で由蔵の着衣をそのまま失敬して天井裏に忍び込んだのであった。
彼は、勿論相当の電気知識を備えていた。故《ゆえ》に、男湯の方の感電を計画し、またそれを遂行《すいこう》するための技術上の操作は、十分間も要さずに易々《やすやす》と行われた。それが終ると、彼はかねて探って置いた、由蔵の秘密の娯《たの》しみ場所たる、女湯の天井の仕掛のある節穴《ふしあな》の処へ来て、由蔵が設置した望遠鏡の代りに、持って来た撮影機を据えつけた。
やがて、時が来て、当日の生贄《いけにえ》となった例の女(後で判明したが、彼女はお照
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