の天井へ抜けられるんですが、驚いたことに……」
 と、報告しながら、その刑事は天井を見上げたが、突然頓狂に叫んだ。
「吁ッ! あ奴《いつ》の血だ! 由蔵が殺られてるんですぜ!」
 赤羽主任は屹《きっ》となって、共に天井の血の穴を見上げたが、刑事の叫びを聞くより、
「うむ、人が死んでいたろう? 男か女か?」
「男です! しかも裸体です。どうも由蔵らしいと思われますが、足裏が白く爛《ただ》れていました」
「よしッ! 直ぐ行こう、案内をたのむ!」
 と、赤羽主任は、真先に立って裏口へ行こうとしたが、何事かに気がついたと見えて再び身を振り返って云った。
「だが、この女の身元だ。女の着衣《ちゃくい》を調べて見よう!」
 赤羽主任は、あちこちに転《ころが》っている桶類を跨《また》いで女湯の脱衣場《だついじょう》へ行くなり、乱雑に散らばっていた、衣類籠《いるいかご》をひとつひとつ探してみた。が、目指《めざ》す女の着衣も誰の着衣《きもの》も、一向に見当らない。
「おい、女の着衣《きもの》が見えないぞ、箱を探して呉れ」
 刑事達は、箱の扉《と》を片っ端から開いてみた。が、どの箱にもそれは見当らなかった。殺されている女湯の客の着衣《きもの》が見当らないなんて、そんなおかしい訳はある筈がないと、一同は一様に不審の面《おもて》を見合せた。もしや先刻《さっき》の混雑に紛れて、誰かがその女の着物を掠《かす》めたとしても、足袋一足、湯文字《ゆもじ》一枚も残さぬという筈はなかった。
「じゃあ、下駄はどうだ?」
 赤羽主任は躍起《やっき》となって、番台横の三和土《たたき》を覗いてみたが、その下駄も片方すら見当らないではないか?
「一体、此の女は何処から入って来たんだろう?」
 赤羽主任は脳髄の痺《しび》れるのを感じた。が、その疑問は疑問として、とにかく天井裏の屍体も、差当り放っては置けなかった。
 やがて、発見者の刑事を先頭に赤羽主任や刑事連は、釜場の梯子を上って行った。向井湯の主人も、命ぜられて兢々《きょうきょう》と一同の後に続いて昇って行った。
 由蔵の部屋は、わずか三畳敷の小室《こべや》であった。西に小窓が一つあって、不完全な押入が設けられてあった。その押入の中には、柳行李《やなぎごうり》やら鞄やらが入っている。そして、成程《なるほど》、天井の板が一枚めくられていた。一同はゴソゴソとその穴から
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