のまま、おとなしく島ながしになっているでしょうか。
 くらい海を、高一とミドリのボートは長いあいだただよっていました。
 やがて夜があけました。たすけの船はと思ってあたりをたえずさがしたのですが、いじわるく、船のかたちも、煙のかげも見あたりません。どうなることかと思っているうちに、その日のおひるすぎになって、二人はどうじに、ぶうんという音を耳にしました。
「あっ、飛行機だ」
 晴れわたった空を、手をかざしてさがしてみますと、あっ見えました見えました、一だいの飛行機がたかいところをとんでいます。
「おお、こっちへくるらしい」
 助けをよぼうか、どうしようか、と思っているうちに、飛行機は、ぐっと前の方をさげました。敵か味方か、どっちの飛行機でしょうか。


   はたらく電気鳩


 高一少年は、スパイ団にとりこにされた妹ミドリをすくいだして、無人島をあとに、ボートにのってにげてゆきます。ボートのなかには、高一がスパイ団からぶんどった電気鳩と、その鳩をうごかすきかいのはいったかばんとをつんでいます。これはたいへんなお手がらです。ボートをこいで、沖の方にでてゆくうち、一だいのあやしい飛行機が、二人の頭の上にあらわれて、あらあらしくさっとまいさがってきました。敵か味方かと思っているうちに、飛行機は、まっしぐらにばくだんをはなちました。ああ敵です。
「兄ちゃん、ばくだんよ。ああ、あぶない」
 ミドリは、顔をまっさおにしてさけびました。高一少年は、ボートにばくだんがあたってはなるものかと、オール(かい)を力いっぱいこいで、のがれようとつとめました。
 ど、どかあん。ぐわうん、わわわん。
 二人のきょうだいの目の前に、とつぜんものすごい水けむりがたちました。ばくだんがはれつしたのです。いいあんばいにあたりませんでした。そのかわり、ものすごい波がおこって二人のボートはひっくりかえりそうになりました。空では、敵の飛行機が、またばくげきのかまえをしました。
「あっ兄ちゃん、またばくだんをおとすわよ」
 高一はくやしさにはがみをしました。飛行機は、たしかに、スパイ団の味方なのです。
 この飛行機こそ、きょうだいがにげだしたあとで、それときづいたスパイ団が、無線電信でよびよせたものでした。きょうだいのいのちは、風のふくまえにたてた、ろうそくの火のようにあぶない!
 さあ、どうなるか。せっかく、ここまでにげのびた、いさましいきょうだいですのに。
 高一少年は、いまは、おどろいたり、かなしんだりしていられません。なんとか妹のいのちをたすけることを考えだしたいとあせっています。どうすればいいのでしょう。
「ああ、そうだ。いいことがある」
「いいことって、どんなこと」
「電気鳩をつかってみよう」
 高一少年は、すばやくきかいのかばんをかたにかけると、その目《め》もり盤《ばん》を、うごかしてみました。すると、電気鳩がつつみのなかから出てきました。
「うむ、電気鳩がうごきだした。もう電気鳩は、こっちの味方だぞ」
 電気鳩は、かばんのなかにある電気のしかけでうごくことがわかりました。外国には、こうしたきかいで、人間がひとりものっていない飛行機をとばす発明があります。それも電気の力でうごかすのです。それとおなじしかけです。
 目もり盤のまわしかたで、電気鳩はどっちへでもとびます。それがわかったので、高一は電気鳩を敵の飛行機へむけてとびかからせました。
 ぱたぱたと、つよい羽ばたきをして、電気鳩は、飛行機をおいかけました。
「電気鳩さん、しっかり」
 電気鳩は、すごいはやさでとんでいって、ついに飛行機につきあたりました。ぱっと赤い火花がちったかと思うと、たちまち飛行機はほのおにつつまれて、ついらくしました。
「ああすてきだ。ばんざあい」
「ああよかったわ。電気鳩さん、ばんざあい」
 きょうだいはボートの中で、両手をあげてさけびました。
 わる者ののった飛行機は、海中におちて、そのまま波にのまれてみえなくなりました。
 そのとき、いつのまにあらわれたか、駆逐艦が一せき、波をけたてて二人のボートをたすけにきました。駆逐艦のうしろにはためく軍艦旗をみたとき、高一とミドリは手をとりあって、うちよろこびました。日本の軍艦旗です。
 駆逐艦からはボートがおろされ、水兵さんがそれをこいで、二人の方にちかづき、大きい駆逐艦の上へたすけあげてくれました。
 電気鳩は、もちろん、高一がきかいをまわして手もとへよびよせました。


   軍艦から大陸へ


 わが海軍の駆逐艦にすくいあげられたきょうだいは、たちまち艦内の人気者になりました。
 艦長吉田中佐は、きょうだいの冒険談をきいて、そのいさましさをほめました。そして、艦隊の方へ無線電信をうって、にくいスパイ国をこれからせめてもよいかと問いあわせました。
 すると、すぐ艦隊の司令官からへんじがあって、スパイ国のせいばつよりも、「地底戦車」を発明した、きょうだいの父親が、いまわる者どもにひどい目にあっているから、二人をつれてすぐこっちへかえってくるようにと命令が出ました。
 高一とミドリは、しんぱいでもあり、またおおよろこびです。これから海軍の軍人さんたちと、父親をたすけにゆくことになったのですから。駆逐艦は北の方にむきなおると全速力をだしました。
 荒海の波をけたてて、ずいぶん、ながい間走りつづけて、駆逐艦はついに港につきました。
 高一とミドリとは、艦長におわかれをいって、大石大尉という士官につれられて上陸しました。
 上陸してみると、これは日本ではなく、朝鮮半島でありました。朝鮮半島もずっと北の方で、満州国にちかいところの、さびしい港町でありました。
「大石大尉、私たちのお父さんはどこにいるのですか」
 と、高一がたずねると、大尉は顔をくもらせて、
「それがねえ、たいへんなところなのだよ」
「たいへんなところというと――」
 父親がたいへんなところにいるときいて、高一とミドリはまっさおになりました。
 大石大尉は金庫をあけて、中から一枚の地図をとりだし、高一とミドリの前にひろげました。
 その大地図は、国ざかいふきんのくわしい図面でした。なかほどに大きな川がながれており、その川のまん中に、中の島があります。
 その中の島を大石大尉はゆびさして、
「この中の島なんだよ。あなたがたのお父さまがとりこになっているところは――」
「えっ、とりこですって」
「そうだ、敵のため、ここにつれこまれたのだ。敵はお父さまの発明した『地底戦車』のひみつをしりたくて、こんなひどいことをしたのだよ」
「なぜ、助けださないのです」
 高一はこぶしをにぎってさけびました。
「まあ、きてみてごらん」
 高一とミドリは、大石大尉にともなわれて、ざんごうへ出ました。そこから二本の角《つの》がでたような望遠鏡で、中の島の方をそっとのぞかせてくれました。
「ああ、これはトーチカだ」
「えっトーチカ。トーチカって、あの――」
 きょうだいのおどろくのもむりではありません。鉄とコンクリートでかためたちいさい要塞《ようさい》で、そのちいさい穴から大砲や機関銃が、いつでもうてるように、こっちをむいているのです。せめてもなかなかおちない要塞です。
「せめてゆけないこともないが、そうすると、お父さまもころしてしまう。まったく私たちもこまっているんだ」
 大石大尉は、ざんねんそうにいいました。
 いろいろ苦労して、せっかくここまできてみれば、きょうだいの父親はトーチカの中にとらわれの身となって、こっちから鉄砲もうてないのです。高一も、がっかりしました。
 しかし、どうしてこのまま父親をみごろしにできましょう。ミドリはなくばかりです。
 それからというものは、高一はたすけだす工夫をいろいろと考えました。そして、ついに大決心をしました。
 それは三、四日のちの朝のことです。中国服すがたの高一は、川上から船にのりこみました。高一は、あのおそろしいおそろしい力の電気鳩をつれています。そのほかに、一頭のなつきやすい軍用犬をかりうけて、船にのせました。
 いよいよ決死の冒険です。高一はうまく父親を助けだせるでしょうか。


   輝く日章旗


 中の島にある敵のトーチカに、お父さまがおしこめられているときいて、高一少年は大決心をしました。妹ミドリのことは、大石大尉などによくたのんで、高一は中国人少年にすがたをかえ、あのおそろしい力のある電気鳩を、ゴムの袋にいれて腰にさげ、一頭の軍用犬をつれて、川上から船にのりました。
 さいわい、川の上には朝ぎりがもやもやとたちこめたので、うまく敵兵の目をくらまし、ぶじに中の島にこぎよせることができました。
 さあ、これからどうして、お父さまの秋山技師をたすけだすか?
 高一としては、もとより命をなげだしての大しごとです。父親が敵にとりこにされているのをみて、どうして、じっとしていられましょうか。また、日本の国をまもる「地底戦車」を発明したお父さまを、いつまでも敵にうばわれていて、それでいいものでしょうか。といって、日本の兵隊さんがせめれば、お父さまのお命があぶない――子供なればこそできるかもしれないという、今日の大冒険なのです。
「お父さまをぶじにすくいだすことができれば、ぼくは、死んでもいいんだ」
 島についた高一は、まず船のなかから、りんごのいっぱいはいったかごを上にあげました。そして、軍用犬をつれて島にとびあがりました。
 高一は、りんごのかごをかたにかけて、トーチカの方へ歩いてゆきました。
「こら、少年まて。どこへゆくんだ」
 思いがけない立木のかげから、銃剣をかまえた敵兵がとびだしました。
「……」
 高一は口をきかないで、かごのりんごをゆびさしました。そしてむしゃむしゃたべるまねをして、ほっぺたがおちるくらい、おいしいぞという顔をしてみせました。敵兵は、
「なんだ、お前は口がきけないのか。りんごを買えというのだな。なるほどうまそうなりんごだ――しかしこの小僧め、どこから来たか、ゆだんがならないぞ」
 と、つばをのみこんだり、目をむいたり。
 高一は、敵兵と仲よしにならなければいけないと思い、一番おおきいりんごをひとつとって、敵兵の手にのせてやりました。
 敵兵は、おどろいた顔をしましたが、やがて、ポケットからお金を出そうとしますので、高一は、いらないいらないとおしかえし、そして、早くたべろと手まねですすめました。
 敵兵はりんごをたべると、きげんよくなりました。そこで、高一はトーチカの方へりんごを売りにゆきたいから、つれていってくれと手まねをし、またひとつりんごをやりました。
 このよくばり敵兵はすっかりよろこんで、高一を、トーチカの方へつれてゆきました。
「おいみんな、うまいりんごを売りにきたぞ」
 そういうと、中からどやどやと敵兵があらわれました。
 りんごはうまいうえに、ねだんもたいへんやすいので大人気です。
 ところがとつぜん、高一はうしろから大きい手で、かたをつかまれました。
「こら、小僧。口がきけないふりなどをしているが、あやしいやつ、お前は日本のスパイだろう」
 高一が、ふりかえってみると、りっぱな敵の将校でした。それは、トーチカの隊長だったのです。
 高一は、わざとかなしい顔をしてあやまりましたが、隊長は、しょうちしません。そして、高一をひきずるようにして、トーチカの中の自分のへやにひっぱってゆきました。りんごはかごからおちて、そこらじゅうにごろごろところげました。
「さあ、こっちへはいれ。しらべてやる」
 高一はもうこれまでと思い、腰の袋をあけて電気鳩をだしました。そして、りんごのかごのなかにかくしてある、電気鳩をうごかすきかいをひねりました。
 電気鳩は、ものすごい羽ばたきをして、隊長の頭の上をぐるぐるまわりだしました。
「おや、へんな鳥がとびだしたぞ」
 隊長は、はらをたてて剣をぬくと、電気鳩にきりつけました。
「あっ――」
 ぴかり、といなびかりがみえたかと思うと、隊長は、その場にたおれました。電気鳩のだ
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