電気鳩
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鳩《はと》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|粁《キロ》
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   あやしい鳩《はと》


 高一《こういち》とミドリのきょうだいは、伝書鳩をかっていました。
 もともとこれは、お父さまがかっていらっしゃる鳩なのですが、お父さまがある大切なご用で、とおいところへお出かけになってからは、二人のきょうだいが世話をしているのです。
 鳩はみんなで十羽いました。半分は金あみをはり、半分は板をうちつけて作ってある鳩舎《きゅうしゃ》のなかに、かってあるのです。鳩舎は、お家のうらの丘のうえにおいてありました。鳩は、とてもよくきょうだいになついていました。
 そのなごやかな鳩のむれが、どうしたことか、ちかごろなんとなくおちつかないようすです。きょうだいが気をつけていますと、たしかにへんです。ふだんならば、鳩たちは一日中鳩舎のまわりに、なかよく、くうくうとないているのですが、それがときどき、にわかに羽ばたきもあらあらしく、いっせいに空にまいあがってさわぎます。はては、お家の屋根につばさをおさめて、おちつかないようすで、あっちへいったりこっちへきたり、きょろきょろと、下をうかがっているのです。鳩たちはどうしておちつかなくなったのでしょう。
 その日もゆうがたのことでしたが、鳩たちは空にいりみだれて大さわぎをはじめました。高一とミドリは、いそいで鳩舎にかけつけました。すると、鳩舎の上には一羽の鳩がのこっていました。
「オヤ、へんな鳩がいるぞ」
「うちの鳩じゃないわ。どこのでしょう」
 それは、みなれない鳩でした。
 ふつうの伝書鳩なら、ぜんしんは石板色で、首のところに金みどりのぶちがあるのですが、いま鳩舎の上にのこっている鳩は、からだの色が、紺青《こんじょう》で、そしてつばさのさきには、ふとい金のすじが二本とおっていて、よくみればみるほど、かわった鳩でした。その上その鳩は、まるでつくりもののあしでもつけているように、みょうに両足をひきずって歩くくせがありました。
「もっとよく見てやろう」
 と、高一は鳩舎の方にちかづきました。
 そして青い鳩に、ぐっと手をのばしたところ、思いがけなくもゆびさきが、電気にふれたときのようにぴりぴりとしびれました。
「あっ――」
 と、高一はおどろいて手をひっこめました。そのとき鳩は羽をふるわせて、急にくるりとむきをかえると、きみのわるい羽ばたきをして、さっと空にまいあがりました。が、そのとびかたのすばやいことといったら、まるで戦闘機が地上から、おおぞらへむかって、棒上《ぼうあが》りにのぼるのとかわりません。あまりのものすごさに、高一もミドリもあっけにとられて、あやしい鳩の行方《ゆくえ》をみおくっていました。
 ちょうどそのころ、この村のうんと上空を一だいの大きな飛行機が、あとに三だいのグライダーをひいてとんでいました。それは、こんどあらたにつくられた三百人のりのすごい飛行列車です。あやしい鳩はおそれげもなく、その飛行列車にずんずんちかづいてゆきました。おどろいたのは飛行列車の三人の試験操縦士です。
「おや、あの鳩は、ちっともにげないぜ」
「かわいそうに、いまにはねとばされるぞ」
 そういっているうちに、あやしい鳩は弾丸のように、その翼《よく》にぶつかりました。
「あっ、たいへん!」
 たちまち翼はそこのところから、まっぷたつにわれ、飛行列車は黒いけむりをあげて、とんぼのようにもつれあいながら、地上についらくしました。五キロもさきの山の中に。
 しかし、このできごとが、あやしい鳩のためにおこったとは、だれも気がつきません。


   電気鳩


「ねえ、兄ちゃん。どっかのお家の鳩が、うちの鳩とあそびたいって、それでおりてきたのよ、ねえ」
「うん――」
 高一はなまへんじをしました。だって、つかまえようとすれば、ゆびさきがぴりぴりしびれる鳩なんてあるものでしょうか。
 そのときでした。飛行列車がついらくをはじめたのは。
 でも、ずっとはなれた高い空の上のことですから、二人はあとで、村の人から話をきくまで、気がつきませんでした。
 ミドリは鳩舎をあけてやりました。するとお家の屋根にとまっていた鳩は、大よろこびで鳩舎の中へかえってきました。
 しかしそのとき、きょうだいは意外なことに気がついて、目をみはりました。
 きょうだいのおどろいたのもむりはありません。十羽いた鳩が九羽しかいないのです。さあ、一羽はどこへ行ってしまったのでしょうか。きょうだいは血眼で家のまわりをさがすうちに、うらの竹やぶのなかに、つめたくなっている鳩の死がいをみつけました。
「かわいそうに。お前はどうして死んだの」
「これはきっと、あの電気鳩のせいだよ」
「えっ電気鳩? 電気鳩ってなあに?」
 そこで高一はミドリに、さっきの青い鳩にさわろうとすると、ゆびがぴりぴりしびれたことを話してきかせました。それで電気鳩、電気鳩と名をつけたんですが、ほんとうに電気鳩が、うちの鳩をころしたのでしょうか。まったく、きずひとつないのに鳩は死んでいるのです。
「ようし、一つ工夫をして、あの鳩をつかまえてやろう」
 そのつぎの日の夕方、高一とミドリとが見はっていると、はたして、その電気鳩が空からおりてきました。お家の九羽の鳩は大さわぎして、屋根の方ににげてしまいました。しかし鳩舎の上には、まだ一羽の鳩がじっととまっていました。
 電気鳩はひらりと飛びおりて、そのじっとしている鳩の方へ足をひきながらちかづきました。
 すると、どうでしょう。かちっと音がして、電気鳩は高一のしかけたわなに、足をはさまれてしまいました。しかし、電気鳩はたいへんな力をだして、そのまま空へまいあがりました。足にながい赤い紙テープを目じるしにして、電気鳩をおいかけてゆきましたが、ざんねんにも見うしなってしまいました。
 それにひるまず、つぎの日、高一はまたべつの工夫をして、まちかまえていました。
 その夕方、やはり電気鳩は下りてきました。そして、昨日とおなじように、鳩舎の上におりて、よちよちと二、三歩あるいたかとおもうと、たちまち、かちっと音がして、電気鳩は足をはさまれました。が、やっぱりにげてしまいました。そのとき鳩の足には、長い赤い紙テープのほかに、小さなガラスびんがさかさまにつりさがっていました。びんの口からは、とてもいやなにおいがしました。
 電気鳩が飛びだしたと見るや、高一は愛犬マルという、よくはなのきく犬をつれて、いっしょに電気鳩のあとをおいかけました。電気鳩は昨日とおなじように村ざかいの山の方にとんでゆきます。赤い紙テープをながくひきながら、ぐんぐんとんでいって、やがて、すがたがみえなくなりました。
 でも、高一は、べつにあわてるようすもなく、しきりに、はなをならして走るマルのあとについて、どんどん山の中にわけいりました。
 先にたって走っていたマルは、そのうちに人の出入りができるほどのほら穴の前までくると、ほら穴の入口の草をしきりにかいで、急にうごかなくなりました。高一は、
「うむ、このほら穴にはいったのだな」
 と、ほら穴をにらんで、おもわずひとりごとをいいました。


   穴のなかの人


 だれもしらないことですが、飛行列車をついらくさせたのは、電気鳩のしわざでありました。高一は、そんなこととはしらず、ただ鳩舎へおりた電気鳩が、だいじな伝書鳩をころしたのにちがいないとおもって、愛犬マルといっしょに、この山のおくのほら穴の前まで、電気鳩をついせきしてきたのでありました。
 マルは、しきりとはなをならして、ほら穴のなかをにらんでいます。
「マル、しっかりたのむよ」
 高一のうまい工夫とマルのてがらとで、電気鳩は、このほら穴のなかにはいったことがわかりましたから、つぎは、なかにはいって電気鳩をうまくつかまえることです。
 高一は、穴のなかにはいった鳩などはわけなくつかまえられるものとおもっていました。それで、いさましくも高一はマルをつれて、まっくらなほら穴のなかにずんずんはいって行きました。用心のために、もってきた懐中電灯がきみのわるいほら穴の中をてらして、とても力づよいのです。しかし、かんじんの電気鳩は、どこまでふかくはいったものか、いっこう、そのすがたが見えません。
「へんだなあ。どこへかくれちまったんだろう」
 高一はマルの頭をなでながら、立ちどまりました。
 その時でした。マルがひくくうなりました。高一のさとい耳は、この時、たれか人の話しごえが、ほら穴のもっとおくの方から、ぼそぼそきこえてくるのをききつけました。「おや、こんなほら穴のなかに、たれか人間がいるよ」
 高一はふしぎにおもい、マルの首をおさえながら、しずかに、ほら穴のおくの方にちかづいて行きますと、とつぜん、
「さあ、どうしてもいわねえというのだな」
 と、どなるこえがきこえました。
 高一がおどろいておくをのぞくと、そこには、めずらしく電灯などがとぼっていて、五、六人のあらくれ男が、まるいかたちにすわっています。そして、そのまんなかに、一人の男がしばられていました。
 かわいそうなのは、そのしばられた男です。身うごきもできないばかりか、おおぜいのあらくれ男から、ひどい目にあっています。
 ちょうど、高一のみている方からは、そのゆわえられた男はうしろむきになっていたので、だれだかよくわかりませんでした。もし、高一にその男の顔が見えたなら、どんなにおどろいたことでしょう。その時、しばられていた男は、きっと顔をあげると、
「いくらきいてもむだだ。ころされたって、いわないといったらいわないのだ」
 と、さけびました。
 そのこえをきくと、高一は、はっとおもいました。そのこえにききおぼえがあったのです。
「あっ、お父さまだっ」
 高一のお父さまは、ご用のため、とおくへお出かけになったはずなのに、なぜこんなほら穴のなかに、しばられているのでしょうか。高一もびっくりしましたがマルもおどろいてわんわんとほえました。さあたいへんです。
「だれだっ」
 あやしい男たちは、いっせいにたって、高一のかくれていた方へむかってきました。高一はあぶなくなりました。マルは一生けんめいで、ほえています。
 いまはこれまでとおもい、高一はそのすきに紙きれに、はしりがきをすると、腰にさげていた伝書鳩のあしにつけ、ぱっとはなしました。鳩は、くらやみのほら穴をぬけておもてへとびます。だが、つづいてとび出したのは、おそろしい電気鳩!


   つがいの鳩


 ほら穴の中の、おそろしいかくとうをあとにして、高一の手紙をもった伝書鳩第一号は、さっとおもてへとびだしました。
 くわっくわっと鉄のくちばしをならしながら、そのあとをおいかけるのは、おそろしい電気鳩です。
 伝書鳩第一号も、前に電気鳩にひどい目にあっていたので、わざと森や林の中をぬけたり、きゅうに下にまいおりたりなどして、一生けんめいににげて行きました。
 しかし、おそろしい電気鳩のくちばしをのがれることはできず、つばさはきずつけられ、羽根はぬけ、一方の目はつきやぶられてしまいました。それでも、伝書鳩第一号はがまんをして、とうとう自分の鳩舎にたどりつきました。
 まっさきにそれを見つけたのは、るすをしていた高一の妹ミドリです。
「あらあら、鳩があんなになって……」
 ミドリは、はしりよって鳩舎の上に、つばさをひろげたままたおれている第一号を、そっとおろして、胸にかかえてやりました。
 そのとき上の方で、くわっくわっとあやしいこえがきこえました。
 第一号はそれをきくと、くるしい中からくうくうとないて、ミドリにあぶないから用心なさいとしらせました。ミドリがすぐに家の方にかけださなかったら、電気鳩のために、どんなひどいけがをしたかわからないのです。
「ミドリちゃん。なにをさわいでいるの」
 軍服すがたの良太《りょうた》おじさんが顔をだしました。
 血にそまった鳩のあしから、高一のは
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