しりがきした紙きれがはずされました。
「これはたいへんだ」
と、良太おじさんは、顔色をかえていいました。
「ミドリちゃんのお父さまが、あやしい一団につかまっているそうだ。さっそく憲兵隊へしらせなきゃいかん」
憲兵軍曹である良太おじさんは、じつはミドリのお父さまが、ある大事なご用をひきうけて旅にでたのに、いつまでたってもかえってこないのをしんぱいして、ちょうどいま、たずねてきたところなのでした。さっそく、けがをした伝書鳩第一号のもちかえった紙きれをもって、憲兵隊へとどけでたのでまもなく一隊の洋服すがたの憲兵が、トラックにのってミドリの家にのりつけました。
さあ、なにごとがはじまるのでしょうか。
憲兵さんの話によると、なんでも、すごい電気鳩をつかう外国のスパイがいりこみ、なにか、しきりにわるいことをたくらんでいるとは、わかっていたが、そのスパイ団がどこにいるのかわからなくてこまっていたのです。ところがいま、高一少年のおかげで、ほら穴のひみつがしれたので、大よろこびです。
「さあ、電気鳩退治だ」
と、憲兵さんは力をこめていいました。
「電気鳩さえ退治してしまえば、スパイ団も水をはなれた魚のようによわってしまうだろう」
ミドリは、それよりもお父さまと高一兄さんとを、早くたすけてください、とたのみました。
いよいよあやしいほら穴にむかうことになって、憲兵さんたちは、こまった顔をしました。そのほら穴へは、どう行けばいいのでしょう。
そこへ、おりよく愛犬マルが、足をひきながらかえってきました。
「ああマルか……。兄ちゃんは?」
ミドリは、すぐ庭にとびだしてみましたが、高一のすがたはどこにもみえません。マルだけが、ほら穴からぬけてきたものと見えます。
マルという、いい道案内ができたので、憲兵さんたちはよろこびいさんででかけました。
ところが山の中にはいった時は、日がまったくくれてしまいました。そのうえマルがどこかに行ってしまったので、憲兵さんたちは、どうしてよいかわからなくなってしまいました。
その時です。上の方でくわっくわっというなきごえがしたとおもうと、一つの光るものが、さっととんできました。おそろしい電気鳩があらわれたのです。
ぬけ穴
おそろしいスパイ団のため、山の中のほら穴に、とりこになっている高一少年とお父さまは、今どうしているのでしょうか。
ミドリのたのみをきいて、良太おじさんは一隊の洋服すがたの憲兵をひきつれ、高一の愛犬マルを道案内に、その山の中にわけいりました。ところが途中でマルのすがたがみえなくなり、スパイ団のほら穴へゆく道が、わからなくてこまっているところへ、光まばゆい電気鳩がとんできたのです。
「ふせっ」
と、良太おじさんはさけびました。
「こんなおそろしい電気鳩を、生かしておいてはあぶない。軍曹どの、こいつを私にうたせてください」
と、一人の憲兵がピストルをだしました。
「まあ、まてっ」
と、良太おじさんは、いそいでそれをとめ、
「そんなことよりも、電気鳩がどこへゆくか、あとをつけてゆく方が大事なんだ。さあ、そこの二人は、電気鳩をすぐおいかけろ」
さすがに良太おじさんです。あわてずさわがず、二人に電気鳩のあとをおわせました。
そのとき、べつの方角から、わんわんと犬のほえるこえがきこえてきました。マルです。マルがほえているのです。良太おじさんは、むっくりおき、
「よし、のこった者は、自分についてこっちへこい」
スパイ団のほら穴は、いよいよ近くにあることがわかりました。
良太おじさんは、いさましくも憲兵隊のまっさきにたって、草をわけて走ります。おりから、ちょうどむこうの山から月がでました。
「こんなところにほら穴があったぞ。さあ、このなかへ突撃だっ」
というが早いか、良太おじさんは懐中電灯を片手に、さっとほら穴へとびこみました。みんなもそれにつづきました。
すると、べつの方角から、ぽんぽんという銃声がおこりました。
「うわあっ、憲兵だっ」
と、よろめきでてくるスパイ団は、そこにも良太おじさんたちのすがたをみて、二度びっくり。
「スパイどもめ! こうなったら、ふくろのねずみもおなじことだ。さあ降参しないかっ」
と、おどりかかる憲兵隊に、さすがのスパイたちも、あれよあれよとさわいでいるうちに、しばりあげられてしまいました。
「あ、良太おじさん――」
と、ほら穴のおくから、こえをかける者がありました。
「おお、そういうこえは……」
と、良太おじさんがかけつけてみると、それはまさしく高一でありました。かわいそうに、太いなわでぐるぐるまきにされ、牢《ろう》のようななかにころがされていました。
なわをとこうとすると、高一は頭をふって、おくをむき、
「お父さまがいるはずです。はやく助けて……」
「ばんざあい」
と、大きなこえがおこりました。どうなったかと心配していた高一少年や、高一のお父さまで、お国のためはたらいている秋山技師の二人を助けだすことができたし、そのうえスパイ団のわる者も、おおぜいつかまえることができたのですから、大手がらでした。
「へんだなあ――」
良太おじさんが、首をかしげました。
「なにがへんなのですか」
「だって、電気鳩が、このほら穴にとびこむところをみたのに、いまこうしてさがしてみてもいないじゃないか」
「おかしいね。これはどうやら、ほかにぬけ道があるらしいぞ」
にげた団長
「おじさん。お父さまをくるしめていたスパイ団の団長がみえないよ」
と、高一少年がさけびました。
「なに団長が……。うむ、いよいよぬけ道があることにきまった。さあ、さがすんだ」
そのとき愛犬マルは、なにおもったか耳をぴんとたて、かたわらのおおきい岩のうえにとびあがり、そのむこうにすがたをけしました。まもなく、わんわんとマルのほえるこえ!
「それ、ぬけ穴だっ」
と、みなのものも岩をとびこえてみると、なるほど下につづいたぬけ道がありました。いそいでいってみると、ぴかりと光るもの――電気鳩です。マルにおいかけられています。
しかも、そのそばには、団長が黒い箱をせおってにげてゆきます。
「おいまてっ――」
と良太おじさんたちは、一生けんめいにおいかけましたが、ぬけ穴を出たところが、がけの下でした。スパイの団長は、そこにこしらえてあった、なわばしごをつたってがけの上にあがり、そして、そのなわばしごを上にひきあげてしまったものですから、いくら強い憲兵さんたちでも、がけをのぼることができません。
「ちえっ、ざんねんだ。もうひといきでつかまるところだったのに」
憲兵さんたちは、たいへんくやしがりました。高一もざんねんですが、はしごがなければのぼれないところだからしかたがありません。
こうして、電気鳩と、黒い箱をせおったスパイの団長とは、どこかへにげてしまいました。
その後、電気鳩はどこへいったものか、いっこうにみかけませんでした。
高一の鳩たちは、またもとのように小屋のまわりに、たのしくあそぶようになりました。
高一のお父さまも安心して、あらためて、大事なご用の旅におでかけになりました。
そのうちに、鎮守《ちんじゅ》さまの秋祭の日がきました。いろいろの見世物《みせもの》やおもちゃの店がでて、たいへんなにぎわいです。高一は、ミドリをさそっておまいりにゆきました。
やしろの前にならんだ二人は、ふといつなのついた鈴を、がらがらとふってお父さまが、ぶじにおかえりになるようおいのりをしました。それがすんでから、高一は、ミドリにいいました。
「ねえ、見世物のほうにいってみようよ」
「兄ちゃん、あれがおもしろそうよ」
と、ミドリがゆびさしたのは、たくさんの見世物のなかにまじって、「ぽっぽ座」と、そめだした赤や青の旗をたてた小屋です。
「さあいらっしゃい。人間よりかしこい鳩の曲芸です。世界一のかしこい鳩です。坊ちゃん嬢ちゃん、さあさあおはやく……」
と黒めがねをかけた男が、客をよんでいます。
鳩ときいては、鳩のすきな二人は見たくてたまりません。二人はいそいではいりました。
はいってみると小屋の中はがらんとしていました。見物人もほんのすこしです。
「へんだなあ」
とおもったのですが、そのとき印度《インド》服をきた鳩つかいが、金ぴかの鳥かごを手にさげて、ぶたいにあらわれました。
「さあ、お目をとめてごらんください。これが世界一のかしこい鳩です」
鳩つかいは、長いむちでかごをたたきながら、二人の前にさしだしました。かごの中には、つばさの色がうす青色で、金のすじが二本とおっている鳩が、じっとこっちをみていました。
(あっ、電気鳩そっくりだ)
と、高一は目をみはりました。
「さあ、これからこの鳩にお嬢さんのおとしや、名前までもあてさせましょう。お嬢さん、どうぞこちらへあがって下さい」
「だめだよ、ミドリ」
と、高一はそれをとめました。しかし、鳩つかいは知らぬ顔をして、ミドリをぶたいにひっぱりあげ、みょうなだいにのせました。
魔術師
鎮守さまのお祭は、いま、おみこしがかえってきたので、村の人たちは、その方に気をとられて、わっわっというさわぎのさいちゅうです。
こっちは、あまり見物人のはいっていない、電気鳩によくにた世界一のかしこい鳩をつかう、見世物小屋のなかです。印度《インド》服をきた鳩つかいに手をとられて、ミドリは、そのぶたいのうえにあがりましたから、兄の高一はなんだか、胸さわぎがしてなりません。
「さあ、鳩さん。お嬢さんのおとしは?」
と鳩つかいは、耳を鳩のそばへ近づけました。
すると鳩は、鳩つかいの耳のなかを、くちばしでもって、ちょっちょっとつきました。
「ははあ、そうですか」
と、鳩つかいは、さもわかったような顔をして、見物人の方に向い、
「鳩さんが申しますには、このお嬢さんのおとしは十歳だそうです。お嬢さんあたりましたか」
ミドリは、ほんとうに自分のとしをあてられたので、おどろいてしまいました。見物人は、手をぱちぱちたたいて鳩をほめました。
「さあ、そのつぎはお嬢さんのお名前ですが、鳩さん、これはなかなかむずかしいが、あてられますか」
鳩つかいは、また耳を鳩にちかづけました。
すると鳩は、また鳩つかいの耳のなかを、くちばしでもって、ちょっちょっとつきました。
「ああそうですか。そこにぶらさがっている万国旗の右から三番目のいろ――というと……」
と、鳩つかいは、ぶたいにはりまわしてある旗をみまわしました。右から三番目は、ブラジルの旗でした。
「ああ、ブラジルの旗ですね。この旗のいろは青ですね。すると青子さんかしら」
すると、見物人はこえをそろえて笑いだしました。青子なんてめずらしい名だからです。
「青子はおかしい。もっと、はっきりおしえて下さい。なに、青ではない緑だというのですか。なるほど、ミドリさん。ミドリさんとは、じつにかわいいお名前ですね」
「あたったわ」
なんというかしこい鳩なのでしょうと、ミドリは、かんしんしてしまいました。見物人は、また、手をたたいて鳩をほめました。
見物席では兄の高一だけが、おこったような顔をして、鳩つかいをにらみつけています。
「さあさあ、そこでついでにもうひとつ、この鳩をつかってすばらしい魔術をごらんに入れましょう」
といって印度人は、おくの方に合図をいたしました。するとおくから、こどものからだが入るくらいの大きさの、美しい箱をかついできました。その箱は二つでした。それをぶたいにならべました。さあ、これからどんなことがはじまるのでしょうか。
鳩つかいは、まず、ひとつの箱のなかに、金色のすじの入った鳩を、かごごと入れました。
それから、こんどはミドリの手をとって、
「さあお嬢さんは、こっちの箱へ入ってくださいね。なんのこわいことがありましょう」
ミドリが箱のなかに入ると、鳩つかいは急ににこにこして、
「まず、箱のふたをしめます」
と、両方の箱のふたをかたんとし
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