艦へむけておそろしい電気鳩をはなすことはできません。
「おい気をつけろ」
とスパイ団長のどなるこえがします。
「電気鳩をつかまえるときは、ゴムの手ぶくろをはめていないと、電気にかんじて、大けがをするぞ」
つい団長は、だいじなひみつをもらしました。
ばさっとあみをふりまわす音だの、鳩の強い羽ばたきなどがいりみだれて、たるの中の高一の耳にきこえてきました。
「さあ、早く電気鳩をつかまえろ、そして日本の軍艦めがけてはなして、しずめてしまえ」
わる者たちはいよいよ大さわぎです。
そのうちに、どかあんと音がしたと思うと、どっと船ぞこに海水がはげしくながれこんできました。日本軍艦のうった砲弾が、船ぞこをみごとにうちぬいたのです。
とたんに、高一のはいっていたたるは、海水にのってすうっともちあがると、水のすごいいきおいで、かいだんのすきまから甲板にとびだしました。そのひょうしに、たるのふたは何かにぶつかって、高一が出るひまもなく、またもとのようにかたくしまってしまいました。そして、ごろごろころがっているうちに、ぼちゃあんと海中におちてしまいました。
高一は、目をまわしてしまいました。気がついたときには、たるはしずみもせず、波のまにまに、ただよっているようでしたが、体はぐったりつかれて、ねむくてしかたがありません。
無人島
それからいく時間たったのか、おぼえていませんが、高一は、ねむりからさめました。
「おや、海の中にゆられゆられていたと思ったのに、これは、いったいどうしたんだろうなあ」
まったくへんなことでした。高一は、やはりたるの中にとじこめられているのにたるはゆれもせず、じっとしているのです。
「これはたいへんだ」
高一はたるのそとに、なにか音でも聞えはしないかと耳をすましましたが、なんの音も聞えません。そこで、大決心をして、たるのふたを力まかせにおしました。
ふたは、ぽかりとあきました。高一はたるの中から首を出しました。
「あっ、海岸だ!」
嵐はすっかりおさまり、朝日はまばゆく海上にかがやいていました。あたりはまっくろな砂が、いちめんにある美しい海べですが、うしろには、けわしい岩山がそびえていて、おそろしげに見えます。
「ここはどこだろう」
高一は、たるのなかから出て、めずらしげにあたりをながめました。まったく見たこともないところです。
高一は元気をだして、うら山にのぼってみました。そこへあがると、きっと村かなんかが、みえるにちがいないと思ったからです。
ところが、うら山にのぼってみておどろきました。村が見えるどころか、ここはいっけんの家もない小さな無人島(人のいない島)だったのです。
「無人島へながれついたとはよわった」
と、高一はひとりごとをいいました。
そしてなおも、あたりの海面を、しきりにみまわしていましたが、
「あっ、ボートみたいなものが二そう、こっちへこいでくるぞ」
たしかにボートです。大ぜいの人が、ぎっしりのっているようです。
高一は、おういと手をふりかけましたが、いや、まてまて、もし、わるいやつらの船だったらこまると思ってみあわせました。
やがて、ボートは波うちぎわにつきました。どやどやと船からおりてくる人をうら山のかげから見ていた高一の目は、きゅうにかがやきました。
「やあ、ミドリがいる!」
ミドリばかりではありません。
そのそばには、あのにくいスパイ団長もいました。
どうやら、れいの貨物船は、日本軍艦の砲弾にあたってしずんだようすです。だからわる者たちは、ボートにのってにげてきたのでしょう。
「ああ、かわいそうな妹……」
ミドリは、兄の高一が山の上から見ているともしらず、しょんぼりとして、わる者たちに手をひかれていました。村の見世物小屋からさらわれたままのすがたです。団長は、このかわいそうなミドリを、どうしようというのでしょうか。高一はすぐにもとんでいきたいきもちでしたが、そんなことをすれば、またいっしょにつかまると思って、がまんしました。
高一はすき腹をかかえて、夜をむかえました。わる者たちの方は、海べりにテントをはり、さかんに火をもやして、なにかうまそうなたべ物をにているようです。
高一は、うら山からぬけだすと、そっと、テントの方へおりてゆきました。さいわい、たれにも見とがめられずに、テントに近づくことができました。
「団長、こんな足手まといの娘なんか、ひと思いにころしてしまった方がいいじゃないか」
たれかが、おそろしいことをいっています。
「ばかをいえ。お前にはまだわからないのか。この娘をつれていって父親をせめりゃ、こんどこそは、日本軍の一番だいじにしている『地底戦車』が、どんなもので、どこにかくしてあるかをいわせることができるじゃないか」
わる者どもの話によって高一は、お父さまが、日本軍にとって、たいへんだいじな「地底戦車」のしごとをしていることをしりました。スパイ団長は、これからお父さまをひどい目にあわせ、日本軍に大きなそんをさせようとしているのです。
ミドリもかわいそうだが、お国のひみつをしられることは、なおさらこまったことです。
「どうしてこれを、日本軍や、お父さまにしらせたらいいだろう」
高一は、なんとかしていいちえをひねりだしたいものと考えながら、ふと、波うちぎわを見ると、一つの大きなたるがながれついています。そばによってみれば、ふしぎや中でことこと音がしています。なにが入っているのでしょう。
いたいた、電気鳩
無人島にながれついた高一少年のことは、後から、おなじ島へあがってきたスパイ団長や、その手下のわる者どもに、まだしれていないようでありました。しかし、そのうちにしれてしまうことでしょう。そのときはたいへんです。きっとつかまってひどい目にあうにきまっています。
高一が、波うちぎわで、ひとつの大きなたるを見つけたことは、まえにいいましたが、近づいて、たるのふたをすこしあけてのぞいてみると、おどろくではありませんか、なかには、見おぼえのある電気鳩がはいっていたのです。
「あっ、電気鳩だ。なぜこんなところにはいっているのだろう」
目のぴかぴかひかる電気鳩です。人がさわれば、電気がつたわって死ぬ電気鳩です。そして、スパイ団長が船のなかで行方をさがしていたその電気鳩です。
きっと、なにかのひょうしで、このたるのなかへまよいこんだとき、うんわるく、ふたがぱたんとしまって、でられなくなったのでしょう。
電気鳩はどうかしたらしく、足でたつこともできず、ぱたぱたとつばさをふるわせるばかりで、元気がありません。高一は安心して、電気鳩を、たるの中から棒きれでそっとだしてみました。
「へんだなあ、あんなにあばれた鳩だったのに」
高一は、首をかしげました。
高一は、思いがけなく電気鳩を、とりこにしたので、たいへんうれしく思いました。しかし、このままにしておいては、いつスパイ団にとりもどされるかもしれないと思ったので、高一は、鳩をもとどおりたるのなかへいれたのち、海岸の砂はまに、大きな穴をほり、そのなかにうめてしまいました。
「こうしておけば、スパイ団にみつかるしんぱいはないだろう。さあ、こんどはかわいそうなミドリを、たすけてやらなくてはならない」
日のくれるのをまって、高一はだいたんにも、スパイ団のテントにそろそろしのびよりました。するとテントのなかでは、団長をはじめわる者どもが、お酒をのんで、おおごえでうたったりおどったりしているところでありました。
そのうちに、団長もよろよろとたちあがって、手をふり、足をふんで、おどりだしましたが、かたにかけている小さなかばんが、ぶらぶらするので、じゃまになって、うまくおどれません。
「いよう、団長しっかり。そんなきたないかばんなんか、おろしておどれよ。あっはっはっ」
たれかが、ばかにしたような笑いかたをしました。団長は目をむいて、
「ばかをいえ。きたなくても、この中には、電気鳩をうごかす大事なきかいがはいっているのだぞ。どうしておろせるものか」
電気鳩をうごかすきかい! ああ、そんなきかいがあったのか。電気鳩は、このかばんをもっているスパイ団長の手によってうごかされていたのです。高一は、テントのすきまから、目をまるくしておどろきました。
「電気鳩は、海のそこにしずんでしまったんだよ。うごかすきかいばかりのこっていても、なにも役にたたんじゃないか。あっはっはっ」
「そうだ、それもそうだな。じゃ、こんなかばんを大事にしておくんじゃなかった」
そういって団長は、その黒いかばんをかたからはずして、テントのすみにほうりなげました。そして、すっかり身がるになって、ゆかいにおどりはじめました。
そのとき、テントのすみから、小さい手がぬっとあらわれました。その手は、そろそろと、黒いかばんの方へちかづき、それを、じっとつかむと、するするとテントの外にひっぱりだしました。
あやしい小さい手です。それは、いったいたれの手だったのでしょうか。
めぐりあい
「しめしめ、電気鳩をうごかすきかいが手にはいったぞ。ようし、いまに見ておれ」
テントの外では、高一少年が黒いかばんをぶんどって、おおにこにこでありました。
「さあ、ここで、わる者どもが酒によっぱらっているうちに、ミドリをさがすのだ」
と、高一は勇気百倍して、ほかのテントへいってみました。
丘のかげに、ひとつのまっくらなテントがありました。どうやら番人がいそうもないので、高一は、もっていた懐中電灯をつけてみると、中には、船からもってきた荷物がたくさんつんであります。
「おうい、ミドリちゃんはいないか」
高一は、早口に妹の名をよんでみました。
そのとき、つみかさねてあった荷物が、がさがさとうごきだしました。
「あっ兄ちゃん。あたしはここよ」
帆布《はんぷ》がまるめておいてありましたが、その中から、とつぜん、なつかしい妹ミドリのこえがしたものですから、高一は、
「おお、ミドリちゃん。よくまっていてくれたね。いまたすけてあげるよ」
と、かけよりました。帆布をのけていると、その下にかわいそうなミドリが、手足をくくられてつながれていました。高一は、わる者どもの、にくいやりかたにはらをたてながら、つなをほどいてやりました。そして、きょうだいは、ひさしぶりに、たがいに手と手をとりあったのです。うれしさに、なみだが、あとからあとからわいてきて、きょうだいは、はじめのうちは、おたがいの顔をよく見ることができませんでした。
「ぐずぐずしていてはたいへんだ。ミドリちゃん、すぐ、にげよう」
高一は、妹をひったてるようにして、テントの外にのがれました。そして、電気鳩を砂のなかからほりだし、それを、ゴムびきのかっぱにつつんでわきにかかえました。
「兄ちゃん、どこへにげるの」
「船にのって、すこしでも早く、この島からにげだすのだよ。海へ出れば、きっとどこかの船にであい、たすけてくれるよ」
くらい海岸へでてしらべてみますと、ボートが二そうありました。さいわい番人もいません。高一にはなかなか動かしにくいボートでありましたが、それでも一生けんめいに海の中におろし、そのひとつにのりこみ、もう一そうは、うしろにひっぱってゆくことにしました。
高一は「地底戦車」を発明したお父さまが、敵国からにらまれていることがしんぱいでなりません。それで、死にものぐるいで、くらい海にこぎだしました。
「兄ちゃん、もうひとつのボートはいらないのでしょう。おいてくればよかったのにねえ」
「いや、のこしておけば、わる者どもが、それにのっておっかけてくるじゃないか」
高一は、いつもあわてないで、よく考えていました。やがて、ボートの一つは船ぞこのせんをぬいて海の中にしずめてしまいました。これで、スパイ団長をはじめわる者どもは、無人島に島ながしになって、どこへもゆけなくなったのです。やがて気がついて、さて、おどろくことでしょう。しかし、あのわる者どもが、そ
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