の詳細について手厳《てきび》しい訊問《じんもん》が始まった。無論、女給殺しの電気は、何万ボルトという高圧電気を使っている三階のネオンサイン電気看板から、被害者の身体へ導かれたものであり、そうした思い付きや、高圧電気の取扱いは、岩田京四郎を除いて外《ほか》の誰もが出来そうにないことから当然、二回に亙《わた》る電気殺人の犯人として彼が睨《にら》まれたのも致方《いたしかた》ないことであった。
 電気商の京ぼん[#「ぼん」に傍点]が翌日の取調べ続行のため冷い留置場の古ぼけた腰掛の上に、睡りもやらぬ一夜を送った其の翌朝《よくあさ》のことだった。事件急迫のために、宿直室で雑魚寝《ざこね》をしていた係官一同は「カフェ・ネオンに第三の犠牲者現わる」という急報に叩き起されて、夜来《やらい》の睡眠不足も一時にどこへやら消しとんでしまった。第三の犠牲者は、眉毛《まゆげ》の細いお千代だった。捜査係長は、喪心《そうしん》の態《てい》で、宿直室の床の上へ起き直ったまま、なかなか室から出て来そうな気色《けはい》もみせなかった。
 第三の犠牲者のお千代の殺害惨状《さつがいさんじょう》はあまりにも悲惨《ひさん》だった。女給一同は、第二の惨劇以来というものは、カフェ・ネオンに宿泊するのをいやがって、みな別荘の方へ行って寝ることにしていた。ただ気づよいコックの吉公《きちこう》だけは、このカフェを無人《ぶにん》にも出来まいというので、依然として階下のコック室《べや》に泊っていた。しかし室の内部からしんばりをかったりして真昼《まひる》女給たちから小心《しょうしん》を嗤《わら》われたものだ。その夜、お千代は当番で、最後まで店にのこっていたものらしい。勿論《もちろん》彼女は別荘へ帰ってゆくに違いなかったのだが、とうとう其の夜は別荘に姿を見せなかった。事件以来、他へ泊りに行くこともちょいちょいあるので大《たい》して問題にされなかったが、朝になって女給たちが、昨夜《ゆうべ》の疲れを拭《ぬぐ》われて起き出でた頃には、お千代が昨夜かえって来なかったことについて不吉な問題が一同の間に燃え拡がって行った。
「あら、すうちゃんが見えないじゃないの」
 と叫んだ娘がいる。
「昨夜ここへ泊ったわよ、ほら、その蒲団があの人のじゃないの。お小用《こよう》にでもいったんじゃないかしら、だけどこうなると、一々気味がわるいわねえ」
 鈴江の行方については兎《と》も角《かく》も、一方お千代の惨死体《ざんしたい》が、又もやカフェ・ネオンの三階に発見されて大騒ぎが始まった。またしても言うが、お千代の最後は惨鼻《さんび》の極《きょく》だった。彼女はどうしたものか、夜中に開かれた表向きの窓から、半身を逆《さかさ》に外へのり出し、丁度《ちょうど》窓と電気看板との間に挿《はさま》って死んでいた。だから暁《あ》け方《がた》になってようやく通行人が、電気看板の上端《じょうたん》からのぞいている蒼白《あおじろ》い脛《はぎ》や、女の着衣《ちゃくい》の一部や、看板の下から生首《なまくび》を転《ころが》しでもしたかのように、さかさまになってクワッと眼を開いている女の首と、その首の半分にふりみだれた黒髪とを発見して大騒動になった。お千代は晴着をつけたまま殺されていた。矢張《やは》り心臓には短刀がプスリと突きたてられ、警視庁で眼をつけていた万創膏《ばんそうこう》も肩のあたりに発見せられた。すべて同一手法の殺人である。そして電気殺人たることは判っているのにもかかわらず、それを瞞著《まんちゃく》しようとてか短刀を乳房の下に刺しとおしてあるではないか。係官は犯人の嘲弄《ちょうろう》に悲憤《ひふん》の泪《なみだ》をのんだ。そして即時、このビルディングの徹底的家宅捜索の命令が発せられた。
 その取調べの最中に、フラフラとやって来た岡安巳太郎が苦もなく刑事の手にとり押えられたのは、気の毒にも滑稽《こっけい》であった。
「ゆうべ、誰かがカフェ・ネオンで殺されたでしょう、刑事さん、僕は知っとる。だから、こんな化物《ばけもの》のような電気看板は壊《こわ》してしまえと僕は忠告しといたのです。それにひとの言う事を信用しないものだから、又誰かが殺されちまったじゃないか。今度は誰です。え、お千代、千代ちゃんか。すうちゃんはまだ生きていますかネ。可哀《かわ》いそうな千代ちゃん。あの子の死んだのは、やっぱり今朝の二時二十分です。僕はちゃんとこの眼で、現在みていたんだからな。この看板のやつ、また瞬《まばた》きをしやがった、この化物め!」刑事がこの厄介《やっかい》な男を制する間もなく、岡安は路傍《ろぼう》の大きな石を拾い上げると、パッとネオン・サインを目がけてうちつけた。恐ろしい物音がして、サインの硝子《ガラス》が砕《くだ》け、電気看板が壁体《へきたい》からグッ
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