こうしてぬけぬけと遊んでいられるんだい」
「そんなことを聞いて、おれを験《ため》そうというのだな」
 と、その男は、歯をむいたが、
「はははは、験したきゃ、験すがいい。おれは近頃ぼやけているにゃ、ちがいないよ。とにかく、明日は労働は休みだといわれたから、今日はこうして、ぶらぶらやっているわけけだ。理屈もなんにも考えない」
「無気力な奴《やつ》だ。無性者《ぶしょうもの》だ。お前はたしかに長生《ながいき》するだろうよ。全くあきれて物がいえないとは、お前のことだ」
「いい加減にしろ、ひとを小ばかにすることは……」
「だって、今日はイネ国滅亡の日だ。だからアカグマ国をあげての祝勝日だということぐらい、知らないわけでもあるまい」
「ああ、そうだったか。イネ国滅亡の日か。すると、われわれの脈搏《みゃくはく》にも、今日ばかりはなにかしら、人間くさい涙が、胸の底からこみあげてくるというわけだね」
「ふふん、国破れて山河あり、城春にして草木深しというわけだ。だが、そんなことをいつまでも胸の中においていると、また督働委員から、ひどい目にあうぜ。さあ、なにも考えないであの音楽のしているところへ、いってみよう
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