ときどき傍聴《ぼうちょう》に来る醤買石《しょうかいせき》は、その都度、頤《あご》の先をつねって恐悦《きょうえつ》した。
「ふふふ、洋酒百四十函が、こんなにすばらしい効目《ききめ》があろうとは、すこし気の毒だったなあ」
 燻精の指導ぶりは、目のさめるようであった。
 原動機《げんどうき》は廻転し、ベルトはふるえ、軸《シャフト》は油をなめまわし、攪拌機《かくはんき》はかきまわし、加熱炉《かねつろ》は赤く焔《も》え、湯気《ゆげ》は白く噴き出し、えらい騒ぎが毎日のように続いた。
 そうなると、醤は落ちついていられなくなって、毎日のようにここに足を運んだ。
「おい燻精。まだ例の神経瓦斯は出来ないか。出来たら、余に早く見せてくれ」
「醤委員長よ。今度こそすばらしいものが出来ますぞ。瓦斯密度《ガスみつど》が一・六〇〇〇四です。理想的な密度です。おどろいたでしょう」
「一・六〇〇〇四? よくわからないねえ」
「精密なること、金博士の製品を凌駕《りょうが》しています。かかる精密なる毒瓦斯は……」
「精密よりも、効目の方が大切だぞ」
「いや、この精密度なくして、あの忍耐力のつよい敵兵を斃《たお》すことは出
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