「では醤との契約に基き、正《まさ》しく履行するであろう。神経瓦斯について講義をする」
「あ、その神経瓦斯というものなら、既にドイツ軍がエベンエマエル要塞戦《ようさいせん》に使ったということを聞いています。それはもう陳腐《ちんぷ》な毒瓦斯で……」
「ドイツ軍が使ったという話のある神経瓦斯は、一時性《いちじせい》の神経麻痺瓦斯だ。それを嗅《か》いだベルギー兵は、恍惚《こうこつ》となって、しばらく何も彼もわからなくなった。もちろん、機関銃の引金《ひきがね》を引くことも忘れて、とろんとしておった。気がついたときには、傍《そば》にドイツ兵がいたというのだ。これは一時性の神経瓦斯だ。一時性では効力がうすい。これに対してわしが考えたのは、持久性《じきゅうせい》の神経瓦斯だ。これをちょっと嗅ぐと、まず短くても一年間は麻痺している。人によっては三年も五年もつづく。そうなると、その患者はもはや常人として責任ある任務をまかせて置けなくなる。どうだ、すごいだろう」
博士は、ようやく機嫌をとりかえした。
「それは、生理学からいうと、どんな作用をするのですか」
「つまり、脳細胞を電気分解し、その歪《ゆが》みを持
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