だ。ただ行くときと、帰るときに、目隠しをされるというだけのことさ。手間賃《てまちん》は一日七円だ。普通の倍だぜ」
「だって、いくら吉治さんが怪我でゆけないとしても、全然新顔の私が行ったんじゃ、先方で入れないでしょう」
「うん、そのことだが――」と五郎造は幾分苦しそうに眼玉を白黒させていたが、
「なあに、生命《いのち》を助けてくれたお前さんのことだあね、先方が信用するように、わしの親類とかなんとかいっとくよ。何しろ職人の数が揃わないことには、前もってちゃんと決っている工事がそのように進まないことになるから、わしはうんと叱られた上、大変な罰金をとられることになっているんだ。だからお前さんがいってくれりゃ、吉治の分も、わしの分も、二重の生命の恩人となるわけだよ。ね、いいだろう。一つうんと承知をしてくれよ」
 正木正太と名乗る半纏着の男は、ようやくのことで五郎造の薦《すす》めを応諾《おうだく》した。そしてシンプソン病院を辞去《じきょ》したのであるが、彼は寒夜《かんや》の星を仰《あお》ぎながら、誰にいうともなく、次のようなことを呟《つぶや》いたのだった。
「どうも古くさい狂言《きょうげん》だ。だ
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