いわけ》が立たないや。明日の朝は――これはえれえことになったぞ」
五郎造はぶつぶつ独白《ひとりごと》をいっては、腹を立てていた。吉治の怪我で、彼はなにか大変困ったことに直面しているらしい様子だった。
生命救助者を装う髭蓬々の男は、濡れていた半纏が乾いたというので、これに着かえながら、そろそろ暇乞《いとまご》いをする気色《けはい》に見えた。
「おう、もうお帰りですかい。そうだ、お前さんの名刺を一枚下さいな。お礼にゆかなきゃなりませんからね」
すると半纏男は笑いながら、
「お礼には及びませんよ。それに、私は名刺なんか持っていないんです。月島《つきしま》二丁目に住んでいる正木正太《まさきしょうた》という左官なんです」
「ええっ、左官。するとお前さんは、近頃のコンクリート工事なんかやったことがあるのかね」
「ええ、すこしは覚えがあるんですが、大した腕でもありませんよ。なにしろ仕事がなくて、毎日、あっちこっちをうろついているのですからね」
「ふふーン、そうかい。そういうことなら、正太さんとやら、わしは一つお前さんに相談があるんだがね。いや、もちろんうちの者を助けてくれたお礼心から、ちとばか
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