堀の中に抛《ほう》りこんだり、それからまた自分も濡れ鼠になって堀のなかに飛びこんだり、実に御丁寧千万なことだった。
 奇怪なのは警官隊の態度だった。映画撮影を見物しているわけでもあるまいし、この暴行を眼の前に見ながら、知らん顔をしているのであった。
 折から一台の空円《あきえん》タクが、スピードをゆるめてこの横丁に入ってきた。
「おい、運転手さん、ちょっと手を貸してくれないか」
 半纏着の男は手をあげて叫んだ。
「おう、どうしたどうした」
「いや、酔払《よっぱら》いが、この堀の中に落っこって、もうすこしで土左衛門《どざえもん》になるところだったよ。だいぶ傷をしているらしいから、その辺の病院まで搬《はこ》んでくれないか」
「うん、よしきた」
 円タクは、濡れ鼠の二人を吸いこむと、そのまま明石町の方へ走り去った。
 すると、軒端に隠れていた警官隊がぞろぞろと出て来た。
「やあ、どうも御苦労さま。署へかえって、熱いものでも一杯喰べようじゃないか」
「じっとしていたんで、風を引いてしまったよ。はっくしょい」
 警官隊は、ぞろぞろと引上げていった。どこまでも奇妙な築地|夜話《やわ》であった。


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