ってしまい、へへえ、それで手前はそこでどんな仕事をしているんだと聞けば、かの男は、それがどうもよく分らない仕事なんだが、とにかく三百坪ぐらいもあるとても広くて天井の高い工場みたいな建物の床を漆喰《しっくい》みたいなもので塗っているんだが、その漆喰が変な漆喰で、なかなか使い難《にく》いやつなんだ。そのために仕事もなかなか思うように進まず、まだ半分ぐらいしか塗っていないという。
 すると友達が、その三百坪もあって背の高い謎の工場というのは、どこにあるか、窓から見える外の様子とか、近所から聞える物音とかで、およそここは江東《こうとう》らしいとか大森らしいとか分りそうなものじゃないかというと、かの男ははげしく首をふって、うんにゃそれが分るものかい、その今いった工場みたいな建物には、窓が一つもついていないんだ。全部壁で密閉してあって、電灯が燦然《さんぜん》とついている。物音なんて、なにも入って来ない。深山《しんざん》のなかのように静かなところさと答えた。
 じゃあ、どこか地下室なんだろうと友達がいうと、そうじゃない。高い天井を見上げると、亜鉛板《あえんばん》で屋根がふいてあるのが見えるから、地下
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