本国民に敬意を表さんがため、記念塔を特に一等巡洋艦マール号に積載《せきさい》してお届けすることにしました」
 とは、駐日某大国大使パット氏が、新聞記者団を引見して、莞爾《かんじ》として語ったところであった。
 その新聞記事を読んだ国民は、更に某大国の厚意に感激した。
 しかし一部の識者は、逆に眉を顰《ひそ》めた。
「これはどうも変だね。某大国はこの頃になって急に日本を好意攻めにするじゃないか。忠魂記念塔を新調して贈ってくれるというのさえ大変なことだのに、その上、昨年建造したばかりの精鋭マール号をその荷船として派遣するなんて、ちと大袈裟《おおげさ》すぎると思わないか」
「時局がら新造艦マール号の性能試験をやる意味もあるんじゃないかね」
「そんなことなら、なにも極東まで来なくてもよさそうなものだ。これは何か、日本近海の測量を目的にしているのじゃないかな」
「そんなら何もマール号を煩《わずら》わさずとも、中国艦隊にやらせばいいことじゃないか」
「どうも分らん。しかしマール号の極東派遣をうっかり喜んでいられないということだけは分る」


   遣日艦マール号


 この遣日艦マール号は、十二月一日、無事|芝浦埠頭《しばうらふとう》に着いた。
 出迎えと見物とに集った十万人ちかい東京市民の間を、マール号の陸戦隊員二百名が、例の記念塔を砲車|牽引車《けんいんしゃ》に積んで、粛々《しゅくしゅく》と市中を行進した。
 それを見ると忠魂記念塔は、長いままではなく、七つの部分に切断され、一つ一つがそれぞれ前後二台の牽引車によって搬《はこ》ばれていったのである。
 派遣部隊の長列は、町の大通りを大きな音をたてて行進し、この塔が建設されるS公園の前を通り、やがて某大国大使館の中に入った。
 公表されたところによると、このバラバラの記念塔は、大使館内で荷を解かれ、罅《ひび》や傷の有無を十分に確かめた上で、三日後には華々しくS公園へ搬びこまれ、盛大な儀式が行われることになっていた。
 その前夜、大使パット氏は、AKのスタディオから全国中継をもって、忠魂記念塔の到着を披露し、
「――どうか御安心下さい。本国から随伴してきた工廠《こうしょう》技師の厳密な試験によりまして、七個からなる忠魂塔の各区分には、いささかの罅も入っていない実に立派なものであるということを証拠だてることができました。いずれ明日の式場で、これをお目に懸けられるわけでございますが、あとは卓越した日本の土木建築家の手によりまして、足場を組んで建てていただくつもりでございます」
 などと挨拶《あいさつ》放送をやって、全国民をまた一入《ひとしお》感激させたのであった。
 その忠魂記念塔は、今ではS公園内に天空《てんくう》を摩《ま》して毅然《きぜん》と建っている。そして市民たちは、毎日のようにこの新名所の前に集まってきて、かつて欧州の野に赤き血潮を流した勇敢なる日本義勇兵の奮戦ぶりを偲《しの》んで、泪《なみだ》を催《もよお》しているのであった。
 そして今では、一般国民の某大国に対する感情も以前とはことかわり、たいへん穏《おだや》かになったのであるが、果して某大国はわが帝国に心からなる敬愛を捧げてくれているのであろうか。
 いや、それは残念ながら、そうではなかったようである。たとえば今、外国密偵団の監視をやっている有名な青年探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》が、数日前その筋から示唆《しさ》をうけた話の内容について考えてみるのが早わかりがするであろう。
「某大国の南太平洋における防備は、わずかこの半年の間に、従来の五倍大になった。飛行機、爆弾、燃料、食糧、被服などは、どの倉庫にも一杯になって、中には急造バラックの中に抛《ほう》りこまれているものもある。某大国は明かに日本に対して攻撃姿勢をとっているのだ。わが帝都《ていと》をはじめ、各地の重要地点を一挙にして空爆しようと思ってその機会を狙っていることは実に明かである。しかもこの際最も注意を要することは、かの老獪《ろうかい》なる某大国の作戦計画として、開戦の最も初期において帝都における諸機関を一挙にして破壊し去ろうとしているらしい。われわれの知りたいのは、かの某大国がいかなるところを狙っているかということだ。それが分れば、敵の今後の戦略がかなりはっきり見当がつこうというものだ。帆村君。この際、君の奮起を望むというのも、一《いつ》にこの点に皇国の興廃《こうはい》が懸《かか》っているからだ」
 この話で見ると、某大国はキューピーの面を被《かぶ》りながら、その面の下でもって恐ろしい牙を鳴らしているとしか思われない。
 こうして某大国の戦意ははっきり読めるのであるが、早く知らなければならないことは、これから某国がとろうとしている実際の攻撃計画がどんなものであるかとい
前へ 次へ
全11ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング