たさわぎが大きくなった。
 人のいいピート一等兵は、パイ軍曹と衛兵との攻撃にあって、眼をしろくろしている。そして、監房の中の沖島に、早く喰ってのんでしまえと、あいずをした。
 沖島は、もちろん、早いところ、監房の中でごちそうを大急行でいただいている。
 ピート一等兵が、軍曹の一撃を喰って、そこに、目をまわしてしまうと、パイ軍曹は、衛兵に命じて、監房を開かせた。
 軍曹は、ピストルをかまえて、監房の中へとびこんだ。
「けしからん奴じゃ、貴様は」
「いや、たいへん、ごちそうさまでした」
「貴様には、うんと、おかえしをするつもりじゃった。地底戦車の中で、よくも、ひどい目に、あわせたな。ゆるさんぞ」
「ゆるさんとは、どうするのですか」
「ここで、貴様が立っていられなくなるくらい、ぶん殴《なぐ》ってやるんだ。廻《まわ》れ右。こら、うしろを向けい」
「うしろを向かなくとも、いいでしょう。私を殴るのなら正面から殴りなさい。遠慮はいりませんよ」
「廻れ右だ。ぐずぐずしていると、ピストルが、ものをいうぞ」
 軍曹は、すっかりいきりたって、本当にピストルの引金をひきそうである。沖島は軍曹にとびついてやろうかと思ったが、軍曹との間はすこしはなれすぎている。これでは、仕方がない。沖島は、おとなしくうしろを向いた。
 とたんに、沖島の腰へパイ軍曹のかたい靴の先が、ぽかりと、あたった。
「あッ。うーむ」
 沖島は、痛さを、こらえる。
 と、また一つ、腰骨のところを、ひどく蹴とばされた。沖島は、ひょろひょろとして膝《ひざ》をついた。
 軍曹は、それをみると、いい気になってまたつづけさまに、沖島を、うしろから蹴とばした。
 沖島のからだは、ついに、どっとその場にたおれて、長くのびた。
 ひどいことをする軍曹である。
 そのころ、氷上では、リント少将が、幕僚をひきつれ、地底戦車のまわりにあつまって、しきりに、会議をつづけていた。
「……敵ながら、あっぱれなものだ。三人でもって、よくまあ、この地底戦車を、ここまでうごかしてきたものだ」
「ではここで改めて、運転いたしましょうか」
「そうだ。うごかしてみろ」
「はい」
 参謀の一人が、そこに列《なら》んでいた七名ばかりの下士官共に、それっと号令をかけた。
 七名の将兵は、その中に入って、扉をとじた。
 しかし、戦車は、いつまでたっても、うごかなかった。
「どうした。なぜ、うごかさんのか」
 エンジンは、一向かからない。戦車長が、扉をあけて、とびだしてきた。そしておどおどしながら戦車の点検をはじめた。
 リント少将は、にがい顔だ。
 ちょうどそのとき、一同は、飛行機の爆音を耳にした。
「おや、飛行機だ。いや、相当の数だが、どうしたのだろう」
 といっているうちに、とつぜん、氷山の彼方《かなた》から、低空飛行でとびだして来た編隊の飛行機、その数は、およそ十四五機!
「へんだなあ。友軍機なら、この前になにかいってくるはずだ。これは、あやしい。おい、みんな、その場に散れ!」
 と、リント少将は、号令をかけた。
 とつぜん現れたこの怪飛行隊は、どこの飛行隊であろうか。


   怪機の群《むれ》


 リント少将は、後日、人に話をしていうのには、少将の生涯のうちで、そのときほど、おどろいたことはなかったそうである。
 その場に散れ――と、とっさに号令をかけた少将は、派遣軍の中で、一等おちついていたといえるだろう。しかも、その少将が、すっかりきもをつぶしたといっているのだ。
 それもそのはずだった。
 ごうごうと、爆音をあげて、少将たちの頭のうえを、すれすれに通り過ぎた十数機の怪飛行機の翼には、日の丸のマークがついていたのであった。
「ああ、あれは、日本の飛行機じゃないか」
「日の丸のマークはついているが、まさか、この南極に、日本の飛行機がやってくるはずはない」
「でも、日の丸がついていれば日本機と思うほかないではないか」
 将校の間には、はやくも、いいあらそいがおこった。
 ところが、いったん、通りすぎた日本機は、すぐまた、引きかえしてきた。
「おい、高射砲はどうした」
「高射砲なんか、あるものか」
「じゃあ、高射機関銃もないのか」
「それは、どこかにあった」
「どこかにあったじゃ、間に合わない。総員機銃でも小銃でも持って、空をねらえ」
 と、氷上では、たいへんなさわぎが、はじまった。なにしろ不意打《ふいうち》の空襲である。今もし、そこで、機上から機銃|掃射《そうしゃ》か、爆弾でもなげつけられれば、南極派遣軍は、たちまち全滅とならなければならなかった。
 ゆだん大敵とはよくいった。
 さあ、こうなっては、空中をねらったのがいいか。それとも氷のかげで、大の字なりになってたおれていたのがいいのか、わからない。さわぎは、一層大きくなった。
 日本機は、大たんな低空飛行をつづけてあっという間にとび去った。
 氷上のアメリカ兵たちは、そのあとをおいかけて、ぽんぽん、たんたんと、小銃や機銃をうちかけた。日本機が、機銃一つ、うたないのに……。
 そんなことで、アメリカ兵の弾丸が、日本機にとどくはずはなかった。
「ちく生《しょう》。日本機め、うまくにげやがった」
「もう一度、とんでこい。そのときは、おれが一発で、うちおとしてやる」
「だが、日本の飛行機は、なにをするつもりだったんだろうか」
「そりゃ、わかっているよ。わが南極派遣軍がなにをしているか、監視のためにやってきたんだ」
 氷上では、アメリカ兵が、つよがりをいったり、いろいろ勝手なことをふいたりしている。
 そのうちに、氷上にいたアメリカ機のエンジンが、はげしい音をたててプロペラをまわしはじめたと思うと、一機二機三機四機――五機の飛行機が、氷上を滑走して天空にまいあがった。
「ああ飛行隊の出動だ。これは、おもしろくなったぞ」
「いやあ、よせばいいのに。五機出発して、五機帰還せずなんてえのはいやだからね」
 アメリカ基地を飛びだした機は、五機だった。いずれも四人のりの偵察機であった。偵察機だけれど、機関砲を持っていれば、機銃もある。小型爆弾も積んでいるというやつで、偵察機と襲撃機との中間みたいな飛行機である。この飛行機は、ことにスピードがうんと出る。時速五百三十キロというから、ものすごいものである。
 さすがにリント少将は、おちついたもので氷上で、一同が色を失ってわいわいさわいでいるときに、いちはやく五機に出動を命じたのであった。指揮者は、マック大尉であった。そして一番機にのっていた。
 五番機は、一等うしろの飛行機であるが、この上に、パイ軍曹とピート一等兵とがのっていた。のっていたというよりも、のせられていたといった方がいい。
 もともとこの二人は、地底戦車兵なのであるが、沖島速夫の事件を知っているのも彼等二人であり、助けだされたたった一台の地底戦車のことを知っているのも彼等二人であり、そこへとつぜんとびだしてきた日本機のあやしい行動についても、なにか地底戦車事件と関係がありそうに思われたので、リント少将は、直ちに彼等二人を探しださせて、むりやりに五番機へのせて出発させたわけである。彼等二人は、指揮官マック大尉に対し、必要なときに、機上から、無線電話を以《もっ》て、なにか参考になるようなことをいうことが出来るであろう。
 だが、おどろいたのは、パイ軍曹とピート一等兵とであった。沖島速夫の監禁室の前で、二人でいがみあっているところを、急に呼ばれて氷上へ出ると、とたんにおしこむようにして、飛行機にのせられてしまったのである。
 二人は飛行機のうえで、たがいにしっかりつかまってぶるぶるふるえている、だがあいかわらず、口だけはへらない。
「パイ軍曹どの、気分は、どうもありませんか」
「うん。正直なところすこし困っている。なにしろ、おれは地底戦車兵であるが、航空兵ではないのだからなあ。お前はどうか」
「はい、もちろん、自分も軍曹どのと、同じことであります。どうも自分は、スピードの早いものは、にが手なんで……。この飛行機は、落ちませんかな」
「落ちそうだなあ。地底戦車が落ちた場所とちがって、飛行機が落ちれば、われわれの生命はないぞ」
「だから、自分は、戦車の方が好きなんです。ねえ、パイ軍曹どの。一つ指揮官へ無線電話をかけて、われわれ戦車兵を飛行機にのせるのは違法であるから、この五番機だけ、早く元の氷上へかえしてくださいといってくれませんか」
「ふん、それはいい。ではそうしようか」
 とパイ軍曹が、無線の送話器をとりあげようとしたとき、軍曹が耳にかけていた伝声管の中から、機長の、うわずったこえがきこえた。
「敵機が見つかった。戦闘用意!」

 戦闘用意!
「おい、戦闘用意だとよ」
 パイ軍曹は、ピート一等兵の脇腹をついた。
「はあ、戦闘用意ですか。どうすればいいのですかな」
 たよりない二人だった。
 すると伝声管から、また機長のこえが、ひびいてきた。
「早くせんか。ピート一等兵は、後方機銃座へつけ。パイ軍曹は、爆撃座へつけ。早くやれ」
「はい」
 機関銃座へつけといっても、飛行機のうえの射撃には経験のないピート一等兵だった。またパイ軍曹にしてみれば、機上から爆撃なんて、やったことがない。しかし命令とあれば、つくより仕方がない。
 ピート一等兵は、銃座へのぼった。そして始めて、空中のありさまが、はっきり眼にうつった。
 前方を、うつくしく編隊をくんだ十五、六機がとんでいく。それはどうやらさっき基地の上を低空飛行でとびさった日本機らしかった。マック飛行隊は快速を利用して今、ぐんぐんと近づきつつあるのだった。
 マック大尉ののった指揮機が、翼を左右にふった。
「あれッ。あんなことをして、のんきに、遊んでやがる」
 それが指揮機の発した戦闘命令だとも知らず、ピート一等兵は、のんきな解釈をしている。
「戦闘開始。各個にうて!」
 機長が、りんりんたるこえで、号令をくだした。
 すると、全機は、隼《はやぶさ》のように、日本機の編隊のうえにとびかかっていった。ピート一等兵は、びっくりして、機銃にしがみついた。照準をあわせたり、引金をひくどころではない。


   妙な空中戦


「おい、なぜうたないのか。こら、ピート一等兵!」
 機長の、おこったようなこえである。
「はい。今、うちます。しかし機長どの。自分は戦車の銃手はつとめましたが、飛行機の上の射撃はまだ教育をうけておりません。参考書でもあったら、ちょっと……、ここへ放ってください」
「ばかをいえ。今になって、参考書をよんで間にあうか……。あっ、前に、日本機がいるじゃないか。向うがうたないさきに、おいピート一等兵、うて!」
「困ったなあ。うてといわれても、どうしてねらったらいいか、困ってしまうではありませんか」
「照準具がついているじゃないか。それを見て、ねらえ」
「この照準具には輪がついていますね、どうするのですか」
「飛行機のスピードによって、ちがった輪の上に飛行機の胴をねらうのだ。飛行機はその中心の円に向うようにしろ。一番外の輪が、時速六百キロ、次は五百、次は四百という風に、中心へ来るほど、時速が少くなっているんだ。わかったろう」
「わかりませんなあ」
「早く、うて。間にあわないじゃないか。うて、うて何でもいいからうて。こっちがうたないと、敵は、こっちに弾丸がないのだと思って、安心して、第一番にねらわれるからなあ。うて、うてッ」
「困ったなあ。――パイ軍曹どの、ここへ来て、自分に代ってうってください」
「いやだ。おれは、おれの持ち場がある。ピート一等兵。はやく、うて!」
「いやになっちまうな。地底戦車兵に、飛行機のうえで射撃をしろなどと命令するのは、らんぼうな話だ。うてといわれれば、うつが、どんなことが起っても、自分はしらんぞ」
 ピート一等兵は、泣き面をして、機銃の引金に指をかけた。
「ええと、あの日の丸をうつか。ええと、こうねらってと。それから、こういう風に引金をひいてと……」
 たたたン、たたたたン。
 機銃は呻《うな》りだし
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