地底戦車の怪人
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)丁度《ちょうど》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三番|船艙《せんそう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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この物語は、西暦一千九百五十年に、はじまる。
すると、昭和の年号でいって、昭和二十五年にあたるわけである。
今年は、昭和十五年だから今から、丁度《ちょうど》十年後のことだ、と思っていただきたい。 作者しるす
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極南へ
アメリカの貨物船アーク号は、大難航をつづけていた。
船は、あと一日で、目的の極地へつくはずになっていたが、あいにく今になって、猛烈な吹雪《ふぶき》に見舞われ、船脚《ふなあし》は、急にがたりとおちてしまった。この分では、とても、あと一日で、めざす極地の新フリスコ港に入るのはむずかしくなった。
なにしろ、極寒《ごっかん》の地帯における吹雪ときたら、そのものすごいことは、ちょっと形容のことばが見つからないくらいだ。
時は今、極地一帯は、白夜といって、夜になっても太陽が沈まないで、ぼんやり明るい光がさしているのであったが、とつぜん一陣の風とともに、空は、墨《すみ》をながしたように、まっくらになり、とたんに天から白いものがおちだしたかと思うと、まもなくあたりは白壁の中にぬりこめられたようになって、すぐ前にいる水夫の姿が、全《まった》く見えなくなり、階段がどこにあったか、ロープがどこに積んであったか、わけがわからなくなる。
帆《ほ》ばしらは、今にも折れそうに、ぎちぎち鳴りだすし、舷《ふなばた》を、小さく砕かれた流氷がまるで工場の蒸気ハンマーのように、はげしい音をたてて叩《たた》きつづけるのであった。
船長フリーマンは、船橋で、一等運転士のケリーと、顔を見合せた。
「おい、一等運転士。これは一体、どうするね」
「は、船長。風向きは幸い北西ですから、当分このままに流されていったら、どうでしょうか」
「まあ、そんなところだろうな。だが、新フリスコ港につくのがいつになるやら、見当がつかなくなった。とにかく、今すぐに、無電で新フリスコ港へ連絡してみなさい」
「は、リント少将を、呼びだしますか」
「それがいいだろう。少将は、明日この船が到着することを、いくども念を押していたから、すこしは叱《しか》られるかもしれないぞ」
「はい、やってみましょう、ともかくも……」
無電は、新フリスコ港にこの船を出迎えに来ているリント少将につながれた。
「なに、船がおくれる。こっちへ到着するのは、二日のちか三日のちか、見当がつかないって。冗談《じょうだん》じゃないよ。それじゃ万事、めちゃくちゃだ。どうするつもりだ」
「さあ、よわりましたな」
と、一等運転士は返事をしたが、少将のつよい語気に、すこしむっとした。本船は今、難破もしかねないような吹雪の中に、やむをえず、ぐんぐん流されていくのだ。ひとの気にもなってみないで、いうことばかりいうと、むかむかしてくるのを、やっとおさえ、
「なにしろ、ひどい吹雪で、人力では、どうにもなりません。先が見えないのですから、いつ流氷に舳《へさき》をくだかれるか、わかったもんではないのです」
「困ったなあ。汽船なんか、旧時代の遺物だね。潜水艦などは、大吹雪も平気で、どんどんこっちへついているんだ。君では、話にならない。船長をよんでくれたまえ」
「はあ、船長ですね」
船長が代って、電話をきいた。
「一等運転士のいうとおりですよ、全くどうにもなりません」
「船長の見込みでは、アーク号は、いつ到着するのかね」
「全く、わかりません。天の神様にでも、うかがってみなくてはなりません」
「おい、子供にお伽噺《とぎばなし》をしているんじゃないよ。はっきりしてくれたまえ、はっきり。こっちは、アメリカ連邦の興廃について、責任を感じているんだからな」
「でも、こればかりはどうも」
「では、仕方がない。こっちから、別の汽船か軍艦を迎えにやることにしよう」
「それは、どうも。迎えていただいても、貨物の積みかえにはどうにもなりませんよ」
「そうだ、その船につんでいる貨物が、明日中にこっちへ到着しないと、せっかく二年間を準備に費した大計画が、水の泡《あわ》になってしまうのだ」
少将の声は、気の毒なほど、悄気《しょげ》ていた。一体リント少将は、アーク号の積荷の、どんな品物を待ちわびているのであろうか。
無名突撃隊《むめいとつげきたい》
アーク号の船内に、「船長の許可なくして入室を禁ず」と貼《は》り紙をした部屋があった。中では、わあわあと、元気な人の声がしていた。
「ゲームは、おれの勝だ。あとは誰かと入れかわろう」
「中尉どの、わしが出ます」
「おう、ピート一等兵か。お前、やるのか。めずらしいのう」
「いや、さすがに気長のわしも、もうこの部屋の生活には、あきあきしましたので、なにかかわったことをしたいというわけです」
「あははは、ピートが、とうとう陥落《かんらく》したぞ。この部屋を呪《のろ》わない者は、一人もなくなったよ、あははは」
カールトン中尉が、大きなこえで、笑いだした。
「全く、永い航海だ。外は見えないし、新聞も来ないし、そしてこのとおり波にゆすぶられ通しでよ、これであきあきしなかったら、どうかしているよ」
「そういえば、今日は、ばかに揺れるじゃないか。そして、すこし冷えるようだね」
三十人ばかりのアメリカ陸軍の将兵が、スチームのむんむんする部屋で、トランプにうち興じているのであった。
彼等は、籠《かご》の鳥にひとしかった。いや籠の鳥なら、籠の外に陽《ひ》がさしているのも見えるし、猫が窓のところを通るのも見えることがあった。しかし、この無名突撃隊の隊員たちには、船内をぶちぬいた教室以外には、少しも外の様子が見えないようになっていたのであった。船腹に、窓がついていたけれど、この窓さえが、外から、かたく眼ばりをされてあった。まるで、重大犯人を護送していくようなものものしさがあった。
ピート一等兵は、この部隊の人気者だった。彼は、一番年少の十九歳であったし、そのうえ、彼はなかなか我慢《がまん》づよく、そしてふだんは黙り屋であったけれど、どうかすると、鼻をぶりぶりと、ラッパのようにならして、軍歌や流行唄《はやりうた》などをふいてみせた。出港以来、一番たくさんのページをつかって、こくめいに日記をつけているのも、このピート一等兵であった。
「ねえ、中尉どの。もういいころじゃありませんか。いってくださいよ」
低いこえで、中尉の袖《そで》をひいたのは、パイ軍曹だった。彼は、一行中の巨人であった。日本でいえば、相撲《すもう》の大関格ぐらいのからだの所有者だった。
「なにをいうんだ。おれが知っているくらいなら、もうとっくの昔に、お前たちに話をしてやったよ。上陸してみないことには、なんにも分らないんだ」
「どうもへんですな。隊長が、われわれの隊の任務について全然知らないというのは、どうもふにおちませんよ。どうかいってください。われわれは、どんなことをきかされても、尻込《しりご》みをしませんよ。国家へ忠誠をちかいます」
「知らないんだ、本当に」
「ほんとですか。戦車兵が、船にのる場合はどんな任務のもとにおかれるのでしょうか。それを考えてみてください。私だけに、そっといってくだすってもよろしいんですよ。私は、誰にも洩《も》らしませんから。それなら、いいでしょう」
「だめだ。ほんとにわしは知らないのだ。いうときには、皆にいうよ。だってそうじゃないか。中尉だの一等兵だのという区別はあるが、無名突撃隊の一員であることについては、すこしもかわりがないのだからなあ」
パイ軍曹は、もう口を開こうとはしなかった。だが、彼は、腹の中で舌うちをしていた。
(どこまで強情《ごうじょう》な中尉だろう。よし、今にみておれ。のっぴきならぬ何ものかをつかまえて、これでも話をせぬかと、ぎゅうぎゅういわせてやろう)
カールトン中尉は、パイ軍曹の横顔をちらりと見て、さりげなく煙草《たばこ》の煙をふーっと吹いた。
「食事です。食事を入れます」
高声器から、へんななまりの、子供のこえが聞えた。
「おい、皆、そこでストップだ。食事をやってからにしよう」
「よし来た。今日は、どうか、陽《ひ》なたくさいほうれん草のスープは、ねがいさげにして……」
「おいよろこべ」
「なんだ、例のスープか。セロリが入っているんだろう」
「いいや、陽なたくさいほうれん草のスープだよ」
「うわーッ」
氷山
アーク号は、全機関に、せい一杯の重油をたたきこんで、全力をあげて吹雪の中を極地へ近づこうと、大骨を折っていた。
だが、それはほとんど無駄骨に近かった。船はうまい具合に、前進をはじめたかと思うと、またどんどんと後方へ押し戻されて、思うように前進ができなかった。
あまつさえ、アーク号の危険は、刻一刻とせまってきたようであった。なにしろ、前が見えないのに、どんどん進んでいくのだから、まるで眼の見えない人が、杖《つえ》なしで、崖《がけ》のうえをはしっているようなものであった。
船橋に立って、外套《がいとう》の襟《えり》をたて、波のしぶきを見つめている船長と一等運転士の顔は、生きた色とてなかった。
「船長。これはもうだめですね」
「うん、だめなことはわかっている」
「ばかばかしいではありませんか。リント少将には、なんとかあとでいいわけをすることにして、せめて吹雪のやむまで、船を流すことにしては」
「もう、それは、おそい。リント少将は、大きな賭《かけ》をしているのだ。大アメリカ連邦のために、この大きな賭をしているのだ。われわれもまた、この大きな賭に加わらなければならない。なぜならば……」
「あっ、船長、氷山が……」
「うん、しまった。――無電で、リント少将へ……」
船長の、悲痛なさけびがおわるか終らないうちに、船の舳《へさき》に、とつぜん山のような氷のかたまりがゆらぐのが見えた。とたんに、大音響とともに、船上にいた乗組員たちは、いっせいに、ばたばたとたおれた。
警笛《けいてき》が、はげしく鳴った。
アーク号は、めりめりと音をたてて氷山のうえにのしあげた。
機関がさけたのであろうか、舷側《げんそく》から、白いスチームが、もうもうとふきだした。
「全員、甲板《かんぱん》へ!」
吹雪する甲板に、乗組員はとびだした。たたきつけるような氷の風だった。たちまち四五人が、つるつるとすべって、海へおちた。
無名突撃隊の部屋にも、いちはやく警報がつたわった。
おどろいたのは、隊員だった。
「氷山と衝突した。全員、甲板へ!」
氷山というのさえ、思いがけないのに、その氷山と衝突して、船は沈みかかっているのであった。
隊員たちは、さっきすこし寒くなったから、汽船は、ニューファウンドランド沖を、加奈陀《カナダ》の方へ北航しかかったのだろうぐらいに思っていたのであった。
「なんだ、もうベーリング海峡へ来ていたのか」
ベーリング海峡ではない。それと反対の方向の南極のそば近くへ来ていたのである。
無名突撃隊をひきいるカールトン中尉は、衝突のときに、はげしく頭部を鉄扉《てっぴ》にぶっつけて、重傷を負っていた。だが、彼はさすがに軍人であった。すぐさまカーテンをさいて、たくましい鉢巻をすると、隊員たちに向って叫んだ。
「皆、おちつくんだ。ここは南極に程近いが、やがてリント少将が、救援隊をよこしてくれるだろう」
「えっ、南極?」
「そうだ、もういっても遅いが南極こそ、われわれ無名突撃隊の目的地だったんだ。われわれは、リント少将の指導下に入って、はじめて、行動の命令をうけるはずであったのだ。それから、われわれは……」
「おーい、ボートはこっちだ。無名突撃隊! 早
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