た。快《こころよ》い手ごたえが、ピート一等兵の指に……。
「おやっ、おやっ、味方の三番機に命中してしまったぞ。あれッ、本当か。あらあら、味方の三番機は火に包まれてしまったぞ。しまった」
ピート一等兵は、うーむと呻った。
うったのはいいが、照準のあやまりで、前をとんでいく味方の三番機のガソリン・タンクをうちぬいてしまったのである。
「おい、ピート一等兵、おれは見ていたぞ」
と、下からパイ軍曹が、おびやかすようにいった。
「うわーッ、軍曹どの。見ておられましたか。困ったなあ。さっきのは、照準ちがいです。こんどは大丈夫です。見ていてください」
ピート一等兵は、失敗をとりもどそうと、またもや照準を定めて、引金をひいた。
たたたたン、たたたたン。
ピート一等兵の顔が、土色になった。
こんどは味方の一番機の翼を、うちくだいてしまったのである。マック大尉の顔だと思うが、操縦席のそばの窓から、こっちをおそろしい眼でにらみつけた。と、思う間もなく一番機は、機首を下にして、ぐらっとゆらいで、錐《きり》もみになって、墜《お》ち始めた。ああ、もう駄目だ。
「ピート一等兵。おれは今のも見ていたぞ」
パイ軍曹が、下からこえをかけた。
「軍曹どの。ここをかわってください。自分がうつと、味方にばかりあたって、損害|莫大《ばくだい》です。たのみます。一つ、かわってください」
ピート一等兵は、そういうと機銃座をからにして、のこのこ下へ下ってきた。
「困った奴じゃな。射撃命中率は、なかなかいいのじゃが、味方をうっちゃ、しようがないじゃないか、お前は照準をあべこべにやっているから、弾丸が左へいくところが、右へいってしまうのじゃないか」
「なんといっても、自分はだめであります。地底戦車兵を、飛行機にのせるというのが、そもそも始めからあやまっているのであります。軍曹どの。上へあがってください」
「いやだよ。おれはここにいる」
「そういわないで、あがってください」
「いやだ。あとから、おれがやったようにいわれるのはいやだからな」
「困ったなあ」
あわや爆撃
「ピート一等兵。お前にも同情する。いいから、機銃座はあけておけ。そしてここにいてもいいぞ」
「それはいけません。機銃座にだれもついていないなんて、眼にたちますよ」
「なあに、お前が戦死したことにしておけばいい」
「なるほど。しかし戦死はいやですね」
「重傷でもいいなあ。そしておれも重傷だ。どっちも、うごけないというのならいいだろう」
「なるほど、それは名案だ」
「それになあ」とパイ軍曹はもったいらしい顔付《かおつき》で「さっきから見ていると弾丸をうっているのは、こっちばかりなんだ。日本機は、どういうものか、一発もうってこないで、ひらりひらりと逃げまわってばかりいるのだ。だから、向うがうってくるまで、こっちでもうたなくていいんだ。どうだ、おれはなかなかおちついて、物事をよく見ているだろう。えへん」
パイ軍曹は、ちょっぴり鼻をうごかしてみせた。
ピート一等兵はそれをいいことにして、パイ軍曹のそばにすわりこんでしまった。
そのうちに、僚機の機銃のうち方が、きこえなくなった。
「ああパイ軍曹どの。射撃をしなくなったです。どうしたのでしょうかなあ」
「さあ、どうしたかなあ。察するところ日本機は全部、うちおとされたのかもしれないぞ」
パイ軍曹は、景気のいいことをいった。
「そうですかなあ。急に、こっちがつよくなったんですね」
「お前みたいな下手《へた》くそな射手ののっているのは、この飛行機だけだ。他のやつは、元来航空兵なんだから相当に射撃には自信があるはずだ。ついに、ぽんぽんとやっつけたんだろう」
「下手くそだといっても、自分は元来地底戦車兵なんですからね。それは仕方がありませんよ」
「それは大したいいわけにならないよ」
「え、なぜです」
「あれを見ろ」
「えっ」
「下を見ろというんだ。あそこの氷上に見えてきたのは、日本軍の基地にちがいない。今おれが爆弾をおとしてみせるから、よく見ていろ。おれはお前とちがって、うまく命中させてみせるぞ。同じ地底戦車兵でもパイ軍曹はかくのとおり、空中勤務にまわされても、腕はたしかだというところを今見せてやる」
「えへ、本当ですか」
「本当だとも。この爆撃照準器の使い方は、ちょっとむずかしいんだが、おれはかねて、こんなこともあろうかと、あらかじめ研究しておいたのだ。こういう具合にやるんだ。ええと、もすこし右へまわして……いや、いきすぎた左へまわして、この目盛を、こっちの零《れい》に合わしてと……これでいい、そこで、二つの数字が合ったところで、爆弾を支えている腕金をはずせばいいんだ。一チ、二イ、三ン!」
「あっ」
ピート一等兵は思わずこえをだした。パイ軍曹が、ついに爆弾を切って放したとおもったのである。――ところが、どうしたわけか爆撃の直前にいって、パイ軍曹は、
「うーむ」
と呻って、把手《はしゅ》から手を放してしまった。
「パイ軍曹どの。どうせられましたか」
「いかんわい。やめたよ」
「なぜ、やめられましたか」
「下に見えているのは、日本軍の基地だと思っていたが、よく見ると、何のことじゃ。さっきまで、おれたちのいたアメリカ基地だったのじゃ。とんだ間違いを、やらかすところじゃった。もうすこしでリント少将閣下を爆撃するとこだった。いや、あぶなかった」
「へえ、あぶないことでしたな」
「基地へかえってきたことを、おれたちにおしえてくれないから、いかんのだ」
「しかし軍曹どの。機長から命令もないのに爆撃をするから、こういう間違いがおこるのですぞ」
「なにを。お前は、だまれ。上官にむかってなにをいうか」
「へーい」
パイ軍曹は、自分の失敗に、てれくさくなって、ピートにあたりちらした。ピートこそ、いい面《つら》の皮《かわ》だった。そのころ、機は高度をだんだん低めて、着陸の用意にかかっていた。
基地上空を一周すると、さらに高度は低くなった。氷原が、下からむくむくともりあがってくるように思った。エンジンの音が、急におちて、機はさっと氷原に下りて、小さく跳《は》ねた。
二機|撃墜《げきつい》
「三機帰還せず!」
基地へかえってきたのは、たった二機だけであった。
飛行隊長は、司令の前に、面目《めんぼく》なさそうに、あたまを下げた。
「三機の消息について、知るところをのべよ」
司令はふきげんである。
パイ軍曹は、ピート一等兵の横腹《よこっぱら》をついた。ピート一等兵は、目を白黒した。例のことが、ばれては、たいへんだ。
「はい。壮烈なる空中戦の結果、墜落したようであります。われわれも、戦闘中でありましたため、はっきり、その先途《せんど》を見届けることが、できませんでした」
隊長は、うまいことをいった。ピート一等兵は、やれやれと胸をなぜおろした。
司令は、これをきいて、うなずき、
「おお、そうか。そして、戦闘の結果は、どうであったか。撃墜数を報告せんではないか。撃墜状況はどうか」
「はい。撃墜は、ありません」
「なんだ、撃墜はないというのか。これだけの犠牲《ぎせい》をはらって、撃墜は一機もなしというのか。お前たちは、それでもアメリカ飛行隊の勇士か。よくまあ、はずかしくないことだ」
司令は、またまたひどくふきげんになった。
司令の、がんがんいうのをきいていたピート一等兵は、おもわず、興奮した。
「司令。自分は撃墜しました」
「おお、お前はピート一等兵だな。それはでかした。何機撃墜したか」
パイ軍曹は、おどろいて、ピート一等兵の服をひっぱった。が、もう間にあわない。
「はい。あのう、二機であります」
「おお、二機も、やっつけたか。それは抜群《ばつぐん》の手柄じゃ。よし、あとで、褒美《ほうび》をやろう。昇進も上申してみるぞ」
ピート一等兵がうちおとしたのは、日本機ではなく、味方の飛行機であることを、司令は、しらないものだから、いやにピートをほめあげ、そして上きげんになった。
横にきていたパイ軍曹は、おどろいて、ひとごとながら、もう気がとおくなって、ぶったおれそうであった。司令が、本当のことをしったら、ピート一等兵は、どんな重い懲罰《ちょうばつ》をくうかしれない。大嵐の前の静けさとは、まさにこのことだ。いくら、これまでいじめてきた部下ではあったが、彼のうえに、これから下るであろう懲罰をかんがえると、全くかわいそうでならなかった。
そのとき、司令がさけんだ。
「勇士ピート一等兵。五歩前へ」
ピート一等兵は、えらそうな顔をしてのこのこ前へ出ていった。
パイ軍曹は、心臓がいたくなった。
「ピートのやつ、どこまで、ばかな奴だろう。いよいよ大嵐のはじまりだぞ」
すると司令は、
「勇士ピート一等兵。二機撃墜のときの状況をのべよ。まず聞くが、お前が、撃墜した日本機はいかなる機種のものであったか」
「え、日本機?……」
ピート一等兵は、ようやく気がついた。
(あっ、しまった。こいつはとんだことを喋《しゃべ》ってしまったぞ。撃墜といったのだから、とうとう敵味方の区別をわすれて、喋ってしまった)
さあ、こまった。
「順序をたてないでよろしい。はなしやすいように、はなせ」
「うわーッ」
ピート一等兵は、へどもど……。
しかし、ピート一等兵は運がつよかった、というのであろう。そのとき、とつぜん、思いがけないさわぎが起った。司令のそばへ副官がとんできたのだ。
「おお、飛行司令。リント少将は、こっちに見えていないか」
「リント少将? 閣下は、こっちへ来ておられません。どうかしましたか」
「いや、一大事だ。さっきのさわぎのうちに、リント少将の姿が、急に見えなくなったのだ。もう、しらべるところは、全部しらべた。困ったなあ。君のところも、もう一度、念入りにしらべてくれたまえ」
「はい、承知しました」
一大事である。飛行隊員は、総動員で、附近をさがすこととなった。――そしてピート一等兵は、味方をうったことが、司令にしられそうになり、あやういところで、たすかった。
ところが、そのころ、氷の中の監房でも、ふしぎな囚人紛失事件が、もちあがっていた。監房の前では、衛兵と折から又そこへ下りてきたパイ軍曹とが、声高にあらそっている。
「冗談じゃありませんよ。パイ軍曹どの、はやく囚人をかえしてください。黄いろい幽霊を……」
「わしは、知らん」
「わしは、知らんじゃ、困るじゃありませんか。軍曹どのが、監房の扉をあけて、囚人を引っぱりだしたのですぞ。それから、ピストルでおどかしたり、靴で、けとばしたりしたではありませんか」
「けとばすわけがあったから、やったまでだ。そんなことについて、貴様のさしずはうけない」
「さしずをしているのではありません。黄いろい幽霊を、かえしてくださいと申しているのです」
「わしが、そんなことを知るものか。囚人の番をするのは、貴様ら衛兵の仕事じゃないか」
「ああ、それはひどい。軍曹どのが、囚人を自由にしておきながら……」
「なにを云う。上官に対して無礼者め」
といったかと思うとパイ軍曹は、らんぼうにも、衛兵のあごに、鉄拳《てっけん》をガーンとうちこんだ。衛兵は、悲鳴をあげて、その場にたおれてしまった。
そのころ、氷上ではリント少将の姿をもとめ、ますますさわぎが大きくなった。
「どこにも、おられないじゃないか」
「ふしぎなこともあるものだな」
「おや、もう一つ紛失したものがあるぞ。ここにあった」
「何がなくなった?」
「地底戦車が、どこかへいってしまった」
「地底戦車? そんなばかなことが……」といいながらそこを見ると、なるほど地底戦車がない。
「一体、これはどうしたんだ」
「うむ、これは、容易ならぬ事件だ」
三つの紛失《ふんしつ》事件
リント少将が行方不明となる。
囚人の沖島速夫が、いつの間にかどこかへにげだしてしまった。
そこへもってきて、氷上においてあった地底戦車が、紛失してしまった。
三つの紛失事件が、同時に起
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