って、アメリカ基地は、上を下への大さわぎであった。
リント少将は、どこへいったのであろうか。それから沖島速夫は、どこへかくれているのであろうか。それから地底戦車はどうしたのか。
地底戦車は地上のさわぎをよそにして、このとき、氷の下ふかくしずかに巨体をよこたえていたのであった。地底戦車の中で、向いあって座っている二人の人物があった。
「……少将閣下。乗り心地は、いかがですな」
そういっているのは、外ならぬ沖島速夫であった。三つの紛失物――リント少将に沖島に地底戦車の三つは、みんな一つところにかたまっていたのだ。
少将は、にが虫をかみつぶしたような顔をしている。
「……君が余に要求するものは何か。なにが、ほしいのか。早く、それをいえ」
「少将閣下、お考えちがいをなさらないように。私は閣下からなにを、ちょうだいしようとも思わないのです。ただ、地底戦車の乗り心地をうかがっているだけです」
沖島速夫は、えらいことを、やってのけた。日本機の襲来さわぎがはじまると、彼はわれにかえった。さわぎのため、監房の入口はあいたままで、番をしているものはない。今だと思った彼は、氷上へとびだしたのだ。そして、とっさに思いついてリント少将を地底戦車の中へさそいこみ、缶詰にしてしまったのだ。そして早いところ氷の中へもぐってしまったのだ。そのとき彼は、一つのすばらしい計画をおもいついていたのだった。
「……早くいってくれ。何でも、君の要求にしたがう。だから、外へ出してくれ」
「外へ出せといって、今はもう、氷の中に入っているのです。おのぞみなれば、このまま海底ふかく、墜落してみてもいいのです」
「もうわかった。君は、余を、不名誉きわまる捕虜《ほりょ》としたうえ、東洋流の、ざんこくなる刑にかけようというのだな」
「ざんこくは、東洋よりも、むしろ閣下の国で、さかんに行われているではありませんか――しかし、そのように、外へ出たいといわれるなら、出してさしあげましょう。しばらく待っていただきましょう」
沖島速夫は、どこまで胆力《たんりょく》がすわっているのか、ゆうゆうと、リント少将に対しているのだ。
地底戦車はどこへ
沖島速夫は、操縦席にのぼると、地底戦車を、ぎりぎりと、前進させ始めた。
計器の針が、一どにうごきだした。
囚《とら》われのリント少将は、
(この小僧め)
と、沖島のうしろからピストルをつき出そうとしたが、思い出して、そのまま引込めた。いくらここで、ピストルを向けてみても、何にもならないのであった。なぜならば、沖島を撃って傷つけると、あとは誰が、この地底戦車をうごかすのか。リント少将は、ピストルをにぎって勝ってみるのはいいが、少将は、やがてこの戦車の中で、飢《う》えと寒さのため死んでしまうだろう。沖島をピストルで撃つことは、この地底戦車の中を自分の墓場とすることだと気がついたリント少将は、せっかく出したピストルを、引込めなければならなかったのである。
「今に、氷上へ、お出しいたしますよ。もうしばらくのご辛抱《しんぼう》です」
沖島は、ゆうゆうと操縦のハンドルをにぎっていた。
(全く、ピート一等兵は、かわいい男だ。空襲さわぎのとき、パイ軍曹のすきを見て自分のうしろへ、この私をかくし、そして氷上へ出してくれたからな。そのおかげで、自分はうまい機会にリント少将を、戦車の中に缶詰にして、とっさに氷の下へもぐりこんだわけだが、まるで神さまがまもってくださるように、とんとん拍子にいったじゃないか!)
沖島は、のん気に、そんなことを、思い出していた。
地底戦車は、ごっとん、ごっとんと、ゆるやかに、氷の中を縫《ぬ》っていった。
その氷の上では、幕僚以下が、いよいよ青くなって大捜索をしているのであった。だが、さっぱり手がかりがない。そうでもあろう。地底戦車がはいりこむときにあけた氷上の穴は一時水がたまっているがさむさのために、たちまち凍《こお》りついてしまって、穴は元どおりにふさがってしまったから、どこから地底戦車が入りこんだのか、ちっとも見たところでは、分らないのであった。
地底戦車の中では、沖島速夫が、地図をにらんで、しきりに、しるしをつけていたが、
「さあ、いよいよ氷上に出ますから、御安心ください」
と、少将の方へあいさつをした。それとともに、地底戦車は、先がぐっとあがり、ぎりぎりと、斜めにのぼり始めた。
「もうすぐです。ちょっと、御覧《ごらん》に入れたいところへ出ますから、そのおつもりで」
一体、沖島は、地底戦車を、どこへ顔を出させるつもりであろうか。
大和雪原《やまとせつげん》
地底戦車は、大きくゆれると、水平にもどって、それから間もなく、エンジンが、停《とま》ったのであった。沖島は、操縦席をはなれて、出入口の扉に近よった。
リント少将は、この中に取り残されてはたいへんと、沖島のあとを追って、彼の腰にだきつかんばかりである。
「リント少将閣下。日本人は、あくまで紳士的ですから、どうぞ御心配なく」
そういって、彼は、扉を、がらがらとあけた。外から、さっと、まぶしい光線が、はいってきた。
「さあ、少将閣下から、お先にお出《い》でください。この中に、あなたを閉じこめるようなペテンはいたしませんよ」
リント少将は、いわれるまでもなく、まっ先に、戦車の外にとび出した。彼は、そこで、さっそく部下をよびあつめ、このらんぼうきわまる黄いろい幽霊を、とりおさえさせるつもりだった。
だが、それは、少将の思いどおりには、いかなかった。
「あっ、ここは……」
リント少将は、そういって、呆然《ぼうぜん》と氷上にたって、あたりを眺めまわした。
あたりは、彼の部隊が屯《たむ》ろしているところとは、ちがう。まず、氷山のうえに、ひらひらとひるがえる日章旗が、リント少将をその場に、すくませてしまった。
「どうです、お分りですか。ここが、どこであるか」
「うむ」
「お分りのはずですが、私が、説明しましょうか。ここは、大和雪原です。西暦でいって千九百十二年、大日本帝国の白瀬《しらせ》中尉がロット海を南に進んで、この雪原に日章旗をたてたのです」
「大和雪原。それなら知っている。ああ、しかしいつの間に日章旗が……おお、そして、いつの間にあのように飛行機が……」
と、リント少将は、氷上に翼をやすめている飛行機の群を発見して、おどろきの声をあげた。
「いや、別におどろかれることは、ありますまい。ここは、わが大日本帝国の領土であるがゆえに、飛行機がいても、ふしぎではないのではありませんか。わが日本人は今や、世界第一の飛行機乗りになったのです。内地から、こんなところへ飛んでくるのは、なんでもありません。丁度《ちょうど》地底戦車については、貴国が世界一であるのと、似たようなものです。では、少将閣下、大和雪原の日章旗をどうぞお忘れなきように、そしてここで活躍をはじめようとする日本人たちを妨害なさらぬように、私から、とくにお願いいたします。さっきもありましたが、日本機が、弾丸を一発もうたないのに、アメリカ機が、機銃をうって、挑戦してくるなどということは、もうおやめください。そっちの御損ですからね」
「うーむ」
「では、この地底戦車によって、閣下を、再び司令部のあるテント村へお連れいたしましょう。永々、この地底戦車をお借りしていまして、どうもありがとうございました」
沖島速夫は、そういってリント少将に対して、いんぎんに礼をのべたのであった。
底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「ラヂオ子供の時間」(「地底戦車兵の冒険」のタイトルで。)
1940(昭和15)年2月〜
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2006年1月21日作成
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