しは、コーヒーでもわかしてのみたくなるよ」
 そういうパイ軍曹も、あわてている方ではなかった。


   沈没《ちんぼつ》迫る


 アーク号の甲板は、刻々に傾斜を増していく。もうこの船は、あと五分と、もたないで、海面下に姿を没してしまうであろうと思われた。そのうえ、意地わるく、大吹雪は、いよいよ猛烈にふきつのって、甲板を、右往左往する人々の呼吸を止めんばかり――。
「おい、ボートはもう一ぱいだ。おれたちは、はいれやしない。ど、どうなるんだろうか」
「うん、仕方がない。艫《とも》の方へいって、さがしてみろ。わりこめる席があるかもしれない」
「だめだだめだ。舳《へさき》の方をさがせ。艫の方はボートごと、ひっくりかえって、たいへんなさわぎだ」
 人々は、なんとかして、ボートの中に、空《あ》いた場所をみつけて、一命を助かりたいものだと、まるで喧嘩《けんか》のようなさわぎであった。
 パイ軍曹は、唇のうえに鉛筆で引いたようなほそい口髭《くちひげ》をひねりながら、大兵のピート一等兵を見上げ、
「おい、ピート。ボートはもう駄目らしい。お前は、あの冷い南氷洋で競泳する覚悟ができているかね」
「わしは
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