っちゃった。おれのあたまは、頭蓋骨《ずがいこつ》がこわれて、ぐしゃぐしゃになっているぞ。あ、あさましや……」
 ピート一等兵は、いきなり赤ん坊のようにわあわあ泣きだした。泣きながら、彼は、脳みそで、べとべとになったじぶんの手を、鼻さきにもっていった。とたんに、非常なおどろきにあって、泣きやんだ。
「あら、あやしやな。おれの脳みそは、林檎の匂いがするぞォ!」


   ああ十五個!


「いや、これで、よく分ったよ」
 彼ピート一等兵は、あんがい、おちついたこえで、ひとりごとをいった。
「むかしから、しんるいの奴や友だちがおれをつかまえて、お前は、どうも脳がどうかしていて、あたまが、はたらかない。お前の脳みそは、どうかしているんじゃないかと、よくいわれたもんだが――」
 と、そこで彼は、大きなため息をついて、
「でも、まさか、おれの脳みそが、林檎でできているとは、気がつかなかったね」
 もし、そばで、パイ軍曹が、ピート一等兵のひとりごとをきいていたとしたら、彼は軍曹から、耳ががーんとするほど、叱りとばされたことであろう。いまパイ軍曹は、叱りとばすどころではなく、人事不省《じんじふせい》におちいっていたのは、ピート一等兵のため、はなはだ幸運であった。
「おれは、へそのおを切ってから、こんなにおどろいたことは、はじめてだぞ。しかし、このように脳みそが、はみだしてしまっては、おどろいたって、もうおそい。えい、しようがない。こうなれば、やけくそだ。じぶんの脳みそを、なめちまえ」
 ひどい奴があったものである。ピート一等兵は、指さきについたものを、口のところへもっていって、舌でぺろぺろなめはじめた。
「やあ、こりゃうまい。いやあ、すてきに、うまいぞ。おれの脳みそは、まるで、おしつぶされた林檎みたいだ」
 といったが、林檎の味がするのも道理である。ピート一等兵は、林檎の袋の中に、頭をつっこんでいたのである。彼は、じぶんの脳みそとばかりおもって、じつは、じぶんのあたまの下におしつぶした林檎を、指さきにとって、一生けんめい、うまいうまいと、なめていたのである。そのことは、やがて彼も、気がついた。なぜならば、指をなめたあとで、手をあたまのところへもっていくうちに、まだつぶれない林檎に手がふれた。
「おやッ、こんなところに、おれの脳みその塊《かたまり》が、落っこってらあ」
 脳みその塊で
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