ないでは、いられなくなった。
パイ軍曹は、目をつぶり、大きな口をひらき、林檎をがぶりとやろうとした。これをみていたピート一等兵も、もう、たまらなくなった。
「あ、軍曹どの。お待ちなさい」
「なんだ、なぜ、とめる」
「その林檎は、どうも、たいへんあやしいですよ。さっき、自分がたべたとき、へんな味だと思いましたが、ああ、あいた、あいた、あいたたたッ」
ピート一等兵は、とつぜん顔をしかめ、自分の腹をおさえて、くるしみだした。
「おい、どうしたピート。しっかりしろ」
「あ、あいた、ああいたい。軍曹どの、その林檎を食べてはいけません。その林檎の中には、毒が入っています。うわーッ、いたい」
ピート一等兵が、しきりにくるしがるので、パイ軍曹は、心配になった。
「毒がはいっているって? ほんとかなあ」
「ほんとです。毒のある林檎であります。軍曹どの、自分はもうさっきの林檎の毒にあたってとても助かりません。ですから、そのついでに、軍曹どののもっておられる林檎も、自分が食べてしまいましょう。そうでないと、自分が死んだのち、軍曹どのが、この林檎を召し上るようなことになると、軍曹どのもまた一命を……」
「だまれ、ピート一等兵。貴様は、林檎がほしいものだから、そんなうそをついているんだな。ふふん、その手には、のるものか。これをみろ!」
というが早いか、パイ軍曹は、もっていた林檎に、がぶりとかぶりついた。
「あっ、軍曹どの、それはひどい」
ピート一等兵は、パイ軍曹に、とびついた。軍曹は、林檎をとられまいとする。そうして二人は、組みあったまま、床にどうと転がってしまった。たった一つの林檎のことで、地底戦車の中に、しばらく格闘がつづいた。まことにあさましいことだったが、二人の空腹は、それほど、もうたえられなくなっていたのだ。
上になり下になり、二人が組みうちをしているうちに、かんじんの林檎が、軍曹の手をはなれて、ころころと床のうえに転がった。
「あっ、しまった」
パイ軍曹は、手をのばして、それをおさえようとする。ピート一等兵は、そうさせまいとする。二人の身体は、からみあって、林檎のあとを追う。いつしか二人は、戦車の隅っこに、しきりに頭をぶちつけあっていた。
「こら、手を出すな」
「いや、自分も食べたいのです」
二人の争いは、いつおわるとも、わからなく見えたが、そのとき、何者ともしれ
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