がない。ピート一等兵は、天井の方をむいて、口を大きくひらいた。
「こら、もっと下を向いて、口をあけろ」
「下へ向けないであります。さっきから首の骨が、どうかなったのであります。幽霊のことを、あまり心配したせいであろうと思います」
「つべこべ、喋るな。命令どおりすればよいのだ。――もっと下へむけ。それから、号令とともに、大きく、息をはきだせ。さあ、はじめる。お一イ」
 ピート一等兵は、泣きだしそうな顔をしている。
「はあッ」
 と、申しわけみたいに、小さい息をはく。
「こら、そんな息のつき方では、だめだ。まるで、お姫様が吐息をついているようじゃないか。もっと大きく息を、はきだせ。こういう風に。お一イ、はあ※[#感嘆符二つ、1−8−75] 二イッ、息をはあ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
 軍曹は、いじわるい笑いをうかべて、ピート一等兵のよわっている顔をみあげた。
「軍曹どの。もう、たくさんであります。あれは、自分のしらないうちに、林檎が胃袋の中へ、とびこんだのであります」
 大男のピート一等兵が、べそをかいているところは、なかなかおもしろい。
 軍曹は、やっと、思いのとおりにいって、気がせいせいした。
「そうか、無断でそういうことをやったことに対しては、いずれあとで処罰する」
 と、パイ軍曹は、そり身になって、
「ところで、おれは、もう一つ、こういうものを持っているんだ」
 と、かくしていた林檎を、ピートの眼の前に、ぬっとだした。
「やッ! まだ、あったのですか」
 ピートは、おどろきのこえをあげた。そして、彼は林檎の方へ、手をのばした。軍曹は、すばやく林檎をひっこめると、その手を、いやというほど殴《なぐ》りとばした。


   意外な声


「軍曹どのは、その林檎を、ひとりで、召しあがるつもりなんでしょう」
「そうだ。さっきの林檎は、お前がくってしまった。こんどは、おれに食べる権利があるのだ」
「半分ください」
「いや、やるものか」
 そんなことをいっているうちに、パイ軍曹の胃袋が、もう待ちきれなくなってしまった。この、どこからでてきたか、わけのわからない幽霊林檎の素性《すじょう》をしらべることの方が、先にかたづけなければならないことだったが、こうして手にもち、いい匂いをかぎ、うつくしい林檎のはだをみていると、そんなことは、もう、後まわしだ。はやくがぶりと喰いつか
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