から》まわりをしながら、それでも、だんだん前進していった。
「よし、この分では、相当見込みがあるぞ」
 パイ軍曹は、にんまりと笑った。
 下をみると、ピート一等兵が、汗ばみながら、しきりにハンドルをとっている。電熱器のおかげか、それとも地底深いせいか、車内は、かなりに温い。そのとき、パイ軍曹の眼は、とつぜん、あやしいものの姿を、とらえた。
「おや、林檎だ。さっきの林檎が、あんなところに落ちていた」
 林檎は、ごろごろと転げながら、軍曹の席に近づいた。軍曹は、身をおどらせて、下に下りると、その林檎を手にとった。たしかにほんとの林檎だ。すてきな香りがする。掌《てのひら》の中に、ひんやりとした感じがつたわる。そのとき、林檎を手にとってみていたパイ軍曹は、
「おや、これはへんだよ。歯型がない!」
 と、小首をかしげた。なぜ、こうして、いくつも、林檎が、ころころ転げだしてくるのだろうか。


   林檎の始まり


「ピート一等兵。エンジンをとめろ。そしてこっちへ下りてこい」
 と、パイ軍曹は、鼻の下に、鉛筆ですじをひいたような細いひげを、ぴくりとうごかして、さけんだ。
「さあ」
 大男のピート一等兵は、地底戦車のエンジンをぴたりととめ、よっこらさと、座席から下りてきた。
「軍曹どの。もう、自分に対し、勲章《くんしょう》でも、下さるのですか」
「ばかをいえ。もし、このままうまく地上にでられることがあったら、お前を銃殺するよう、上官に申請してやる」
「じょ、冗談を……」
「いや、ほんとだ。貴様は、じつに、けしからん奴だぞ。この地底戦車内において、指揮官たるおれの眼をごま化し、貴重なる食料品を無断で食べてしまうなどということが、許せると思うか」
「はあ、――」
 ピート一等兵は、眼を白黒している。さては、パイ軍曹、自分が林檎をしっけいしたことを感づいたな。
「軍曹どの。自分は、幽霊の林檎なんか、たべないであります」
 そんなことが知れたら、たいへんである。ほんとに、銃殺されるかもしれない。食い物のうらみというのは、おそろしいから……。
「なにィ。まだ白を切っているか。よォし、では、さっきの林檎は、食べないことにしておこう」
 パイ軍曹は、眼をぎょろりと光らせ、にやりと笑い、
「気をつけ!」
 ピート一等兵は、気をつけをする。
「一歩前へ! 口を大きくひらけ!」
「ええッ」
 仕方
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