ず、二人の方に向って、大ごえで、よびかけたものがあった。
「お二人とも、手をあげてもらいましょう。手をあげなきゃ、この機関銃の引金を引きますよ」
 おもいがけない人間のこえだ。
(あっ、あの幽霊か?)
 二人は、とたんに顔の色をうしない、こえのしたうしろをふりかえってみると……。


   安全条件


「まあまあ、そんなこわい顔をしないで、おとなしくしてください。お二人とも、僕に反抗しなければ、べつだん、この機関銃の引金を引こうとも思いませんよ」
 どこからあらわれたのか、二人のうしろに立っているのは、顔の黄いろい若い東洋人だった。
「貴様、どこの何奴《どいつ》か」
「僕の顔をみれば、大よそ見当はつくでしょうがな」
 と、かの若い東洋人は、なおもゆだんなく、機関銃の銃口を、パイ軍曹と、ピート一等兵の方へ向けながら、
「僕の名前ですか。これをお二人さんは、ききたいとおっしゃるのですか。さあ、何といったら、一等わかりやすいでしょうね。そうですなあ、まあ、僕の名前は、黄いろい幽霊といっておきましょう」
 二人は、幽霊ということばを聞くと、ぞっとして、首をちぢめた。
「黄いろい幽霊が、こんな戦車の中に、なに用があるのか」
 パイ軍曹は、やっと、これだけのこえを出した。
「用事は、いろいろありますがね、まず第一は、お二人さんが召し上った林檎の代金を、こっちへもらいたいのですよ」
「林檎の代金、すると、あの林檎は、君の……」
「そうです。僕が持ってきた林檎です。さあ金を払ってくれますか。おやすくしておきますよ」
 黄いろい幽霊は、くそおちつきにおちついている。
「金なんか、ない。たとい、あっても誰が払うものか」
 パイ軍曹が、断然いいきると、黄いろい幽霊のもっている機関銃の銃口が、パイ軍曹の鼻さきへ、ぬーっと、のびてきた。
「お払いになった方が、おためですよ。お金がなければ、他の品物でもよろしゅうございますが……。ぐずぐずしないでください。では、只今、いただきに、うかがいましょう」
 黄いろい幽霊は、パイ軍曹とピート一等兵のそばへ、そろそろと、よってきた。二人は、びっくりして、後じさりした。
「おうごきに、ならないように、引金をひけば、なにもかも、それまでですよ。よろしゅうございますか」
 機関銃の引金をひかれては、たまらない。二人は、もううごくことをあきらめ、黄いろい幽霊の
前へ 次へ
全59ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング