島のうしろからピストルをつき出そうとしたが、思い出して、そのまま引込めた。いくらここで、ピストルを向けてみても、何にもならないのであった。なぜならば、沖島を撃って傷つけると、あとは誰が、この地底戦車をうごかすのか。リント少将は、ピストルをにぎって勝ってみるのはいいが、少将は、やがてこの戦車の中で、飢《う》えと寒さのため死んでしまうだろう。沖島をピストルで撃つことは、この地底戦車の中を自分の墓場とすることだと気がついたリント少将は、せっかく出したピストルを、引込めなければならなかったのである。
「今に、氷上へ、お出しいたしますよ。もうしばらくのご辛抱《しんぼう》です」
 沖島は、ゆうゆうと操縦のハンドルをにぎっていた。
(全く、ピート一等兵は、かわいい男だ。空襲さわぎのとき、パイ軍曹のすきを見て自分のうしろへ、この私をかくし、そして氷上へ出してくれたからな。そのおかげで、自分はうまい機会にリント少将を、戦車の中に缶詰にして、とっさに氷の下へもぐりこんだわけだが、まるで神さまがまもってくださるように、とんとん拍子にいったじゃないか!)
 沖島は、のん気に、そんなことを、思い出していた。
 地底戦車は、ごっとん、ごっとんと、ゆるやかに、氷の中を縫《ぬ》っていった。
 その氷の上では、幕僚以下が、いよいよ青くなって大捜索をしているのであった。だが、さっぱり手がかりがない。そうでもあろう。地底戦車がはいりこむときにあけた氷上の穴は一時水がたまっているがさむさのために、たちまち凍《こお》りついてしまって、穴は元どおりにふさがってしまったから、どこから地底戦車が入りこんだのか、ちっとも見たところでは、分らないのであった。
 地底戦車の中では、沖島速夫が、地図をにらんで、しきりに、しるしをつけていたが、
「さあ、いよいよ氷上に出ますから、御安心ください」
 と、少将の方へあいさつをした。それとともに、地底戦車は、先がぐっとあがり、ぎりぎりと、斜めにのぼり始めた。
「もうすぐです。ちょっと、御覧《ごらん》に入れたいところへ出ますから、そのおつもりで」
 一体、沖島は、地底戦車を、どこへ顔を出させるつもりであろうか。


   大和雪原《やまとせつげん》


 地底戦車は、大きくゆれると、水平にもどって、それから間もなく、エンジンが、停《とま》ったのであった。沖島は、操縦席をはなれて、
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