りていません」
 その言葉を課長は聞咎《ききとが》めた。
「船客だけじゃない、船員もですよ」
「それは勿論ですとも。しかし先刻《せんこく》機関長をお連れになりましたね」
「なに、先刻とはいつです」サッと課長の顔は青ざめた。
「先刻港外へ水上署の汽艇をおよこしになったじゃありませんか。そして取調べがあるからといって機関長だけを……」
「ばッばかなッ」皆まで聞かず大江山課長は怒鳴《どな》った。「その機関長の室へ、直ぐ案内するのだ」
 矢のように機関長室へ駈けこんだ課長は、三分と経たない間に、又矢のように甲板へ飛び出して来た。
「彼奴《あいつ》の指紋ばかりだ。機関長に化けていたのが岩だッ」
 そのとき、一人の船員が叫んだ。「あれッ、あすこへ先刻《さっき》の汽艇《きてい》が行きますよ」


   消えた機関長


「どこだ、どこだ」
 大江山課長は双眼鏡を借りて指さされた遥《はる》か彼方《かなた》の海上を見た。なるほど水上署の旗を翻《ひるがえ》した一艘の汽艇が矢のように沖合を逃げてゆく。
「あッ!」課長は舷《ふなばた》から乗り出さんばかりにして叫んだ。「いるぞ。機関長の姿をした奴が見える。よし
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