俺ともあろうものが、かけがえのない手首をもがれるなんて。無念だッ」岩は手首のない右腕をブルブルふるわせて叫んだ。「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジ釘《くぎ》一本だって調《しらべ》をつけてあったんだ。それにむざむざと……」
「そういえば親分」と兄貴株の紳士|鴨四郎《かもしろう》がいった。「昨日のラジオじゃ、エンプレス号は午前中に金貨と諸共《もろとも》、海底に沈んだそうで、それが間もなく潜水夫を入れて探したところ、もう百万弗の金貨が影も形もなくなっていたという。しかし親分の話では、昨夜遅く、正金銀行まで出掛けて、百万弗を奪ってきたという。これじゃ話が合わない。一体どっちが本当なんです」
「それだ」岩の顔は歪《ゆが》んだ。「俺は正金へ金貨を搬《はこ》ばせる計画だった。ところがラジオでは、海底に金貨が沈んだと放送し、それから二度目のニュースでは、金貨が海底で見えなくなったという。これでは俺が手を出さない先に、鳶《とび》に油揚《あぶらげ》をさらわれた形だ――と、もう少しで口惜涙《くやしなみだ》で帰るところだった。
ところがあれが警察のデマ、でたらめなんだ。正金銀行へ移
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