《どな》った。
「もうこれで一杯です。これ以上出すと、壊《こわ》れます」
「壊れてもいいから、やれッ。岩に、また一杯喰わされるよりはまし[#「まし」に傍点]だッ」
 もう目を明いていられぬような速力だ。自動車は空《くう》を走っているように思えた。サイレンの恐ろしい呻《うな》り声が、賑《にぎ》やかな大通を、たちまち無人の道のようにした。
 やっと、恨《うら》みの残る波止場へ出た。なるほど燃えているのはエンプレス号だった。黒い煙や黄色い煙が色テープのように、横なぐりの風に吹き叩かれ、マストの上を、メラメラと赤い火焔が舌を出していた。
「金貨は?」課長は叫んだ。
「安全に正金銀行《しょうきんぎんこう》へ移しました」と波止場を警戒中の警部が駈けつけていった。
「そうか。では正金へ行こう」
 一行の自動車は、正金へ又動き出した。二分とかからぬうちに、銀行の大玄関についた。
「金貨はどうした?」課長は又叫んだ。
「地下金庫に入れました。御安心下さい」
 そこにいた警部が、挙手《きょしゅ》の敬礼《けいれい》をとって、自信ありげに答えた。
「そうか。それで安心した」
 と課長は言葉と共に、額の汗を拭っ
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