ッ、追跡だッ」
 壮烈な海上追跡が始った。逃げる汽艇は東京の方へ進んでゆく様子に見えた。しかし課長がこんなこともあろうかと選定して置いた快速のモーターボートは、遂《つい》に目指す汽艇へ追いついた。
「こらッ!」
 大江山課長は真先《まっさき》に向うの汽艇へ飛び移った。つづいて部下もバラバラと飛び乗った。狭い汽艇だから、艇内は直ぐに残《のこ》る隈《くま》なく探された。しかし肝心の機関長の姿もなければ、無論岩の姿も発見されなかった。係官一同はあまりの不思議に呆然《ぼうぜん》と立ちつくした。そんな筈はない。
 その夜更《よふ》け。ここは東京の月島という埋立地の海岸に、太った男が、水のボトボト滴《た》れる大きな潜水服を両手に抱えて立っていた。
 折からの月明《つきあかり》に顔を見ると、グリグリ眼の大辻老だった。一体今時分何をしているのだろう?
 海底に消えた地底機関車はどうした?
 機関長に化けていた強盗紳士岩は、どうして逃げ、どこへもぐりこんでいるだろうか? 少年探偵三吉はどこへ行ったか?


   怪盗の秘密室


 水底に沈んだ地底機関車を、あとから潜水夫を入れて探してみると、奇怪にも影も形もなく消え失せている。一方、怪盗「岩」が外国から帰ってくるという密告があったので、警視庁の連中は横浜港まで出かけ、岩の乗った汽艇に追いついたが、不思議に岩の姿はどこにも見当らなかった。
 何とまあ奇怪な事件が頻《しき》りに起ることではないか。
 ――さてここはどこだか判らないが、奇妙にも窓が一つもない室である。荒くれ男が五六人、円卓《えんたく》を囲んでいる。正面にふんぞり返っているのは、どこをどう逃げて来たのか正《まさ》しく「岩」だ!
「おい皆《みんな》! 夜が明けりゃ、早速《さっそく》仕事だぞ」
 岩が部下に仕事を命じたとなると、これは実に穏《おだや》かなことではない。何をやるつもりなのだろうか?


   魔手は伸びる


 岩は片目をキョロキョロ廻しながら呻《うめ》く様に物をいっている。
「どうだ。でかい所を覘《ねら》ったものだろう。これより上に大きな仕事なんてありゃしない。考えつくことも、この岩でなけりゃ駄目だし、仕事をやるにしてもこの岩の一党を除いて外にはいないのだ。して見ればこの岩は世界的怪盗だ。いや富の帝王だ。いまに世界中の国がこの岩の前に膝を曲げてやってくるだろうよ。わッはッはッ」
 岩は巨体をゆすぶり、天井を向いて、カンラカラカラと笑った。部下は只もう呆気《あっけ》にとられて、親分の笑う顔を眺めつくしていた。
「そのかわり、仕事としてはこの上もなくむつかしいのだ。いざという時までは、これっぱかりも他人に悟《さと》られちゃならない。そのために、日数をかけて随分遠くからジワジワと大仕掛にやってゆくのだ。これをやりとげるものは英雄でなくちゃならない。この岩は英雄である部下が必要だ。英雄でない部下はいらないから、さア今のうちにドンドン帰って行っていいぞ」
 しかし誰も席を立とうとしない、誰も皆英雄なのだろうか? 大変な英雄たちもあったのである。
 その時どこからともなくごうごうと恐しい響が近づいて来た。オヤッと思ううちに、今度はだんだんと遠のいていった。
 部下の一人が立ち上って壁の額を外すと、驚いたことに、その裏に四角いスクリーンが現れて、その上には今しも遠ざかってゆく地下鉄電車の姿が映っているではないか。
「いまのが地下鉄の始発電車ですよ」
「よしッ。仕事に掛ろう!」
「岩」はスックと立上った。


   大辻珍探偵


 こちらは珍探偵大辻又右衛門だ。
 水のボトボトたれる潜水服を抱えているけれど、あまり時間が長く経《た》つので、いまはこらえ切れなくなって、水に漬《つか》ったままあくび[#「あくび」に傍点]の連発である。
「フガ……フガ……うわッ……うわッ……うわうわうわうわーッ」
 まるで蟒《うわばみ》があくび[#「あくび」に傍点]をしているようだ。
「なんてまア遅いんだろう。いやになっちゃうなア。名探偵は辛《つら》いです。天下に名高い大辻……うわッ……ハーハックション!」
 どうやら大辻又右衛門、風邪をひいたらしい。
 とたん[#「とたん」に傍点]に陸《おか》の方から何だかオーイオーイの声がする。
「おッ。呼んでいるな。さては敵か味方か。とにかく寒くてやり切れないから上陸、上陸……」
 大辻探偵は潜水服を背負《しょ》うと危い足取で月島の海岸めがけてザブザブと上ってきた。


   潜水服を預けた男


「その恰好はどうしたの?」
「なアんだ。三吉か」大辻又右衛門は胸をなで下した。
「潜水服でもぐっていたのかい?」
「うんにゃ」と大辻は正直に首を振り、「お前が命じたとおり月島の海岸に立って海面を見張っていたよ。すると傍へ大き
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