な男が寄って来てね、『まさかのときには、こいつで探したがいいでしょうから、貸してあげます』とこいつを貸してくれたのだよ」と潜水服を指さした。
「大きい男? そしてどうしたの」と三吉少年は詰《つ》めよりました。
「俺は有難うと礼をいったが、どうして着るのか分らない。ついでに教えてくれと頼むと、『今先生をよこすから、これを抱《かか》えてちょっと待っていて下さい』といって向うへ行ったよ。もう来るはずだ」
三吉は笑いだしました。
「何を笑うんだい。これが役に立つことを知らないね」
「だってその潜水服、始めから濡れていたんだろう?」
「そうさ」
「じゃ駄目だよ。その服は海中で使ったばかりだったんだ。大きい男というからには、岩にちがいない。ほーら御覧、赤字で岩と書いてあるじゃないか。僕たちは、馬鹿にされているんだよ」
懐中電灯で照らすと、なるほどそのとおりの印《しるし》があった。大辻はベソをかいている。
怪盗「岩」の逃げた路
三吉は、ズバリと結論を下した。
「岩の奴は、汽艇の中で発見されなかったろう。それは、追付《おっつ》かれる前に、この潜水服を着てヒラリと海中に飛びこんだからだ。この潜水服には酸素タンクがついているから、一人で海底が歩けるのだ。どんどん歩いて月島の海岸に近づくと大辻さんの隙《すき》をねらって、海面から海坊主《うみぼうず》のような頭を出し、いちはやく服をぬいで、大辻さんに渡し、自分は逃げてしまったのだ」
「そうかなア。先生をよこすといっていたけれどね」
「先生も生徒も来るものか。それよりか足跡でも探してみようよ」
懐中電灯をたよりに、附近を探してゆくと、砂地に深くそれらしい一風変った靴跡が残っているのを発見することができた。
「やあ、しめたしめた」三吉は用意の石膏《せっこう》をとかして、手早くその靴の形を写しとった。それは真白の靴の底だけのようなものだった。
「どうだ三吉。俺は遊んでいるようでいて案外手柄を立てるだろう。名探偵はこうでなくちゃ駄目だ。この靴型も俺の手柄だから、俺が持っていることにするよ」
大辻は三吉の手から岩の靴型をひったくるように取った。そうこうするうちに東の空に次第に紅《くれない》がさしてきた。やがて夜明である。
ほのぼのとあたりが薄紙《うすがみ》を剥《は》ぐようにすこしずつ見えて来た。
波がザブリザブリと石垣を洗っている。その時だった。
「はてな?」
砂地にうずくまっていた少年探偵三吉は、そう呟《つぶや》くとつと立ち上った。
追跡急!
三吉の見つめる五百メートル彼方の路に、今しも大きい貨物自動車が、十台ばかり列を組んでユラユラと動きだしているのだった。
「大辻さん、あれを御覧よ」と三吉は後を振返った。
「貨物自動車だね。新品のようだ。あれだけあれば、自動車屋としても結構食べてゆけるがなア」とどこまでも慾が深い。
「あの自動車隊は立派すぎると思わない? 何を積んでいるのかわからないが、皆ズックの覆《おお》いをかけている。どこへ行くんだか検《しら》べてみようよ」
「よし、見失《みうしな》わないように追掛《おっか》けよう。……この潜水服は勿体ないが、ここに捨てておけ」
二人は空腹《くうふく》を抱《かか》えて一生懸命に駈け出した。幸《さいわい》に例の貨物自動車は、路面の柔いのに注意してか、ソッと動いている。
四五分経つと、いい舗道《ほどう》へ出たと見えて、自動車隊は速力をグンとあげた。見る見る自動車の姿は小さくなってゆく。
「チェッ。まだ大通へ出られないのかなア」
「早く円《えん》タクでもつかまえないと駄目だぞ」
「ああ、しめしめ。あっちからボロ貨物自動車がやって来た。オーイ、オーイ」
「オーイ。乗せてってくれよオー」
やっと二人はボロ貨物自動車を停めることができた。運転手に頼んで、荷物を積みこむ後の函の中へ乗りこませて貰った。
「お礼はたんまりするから、僕のいうように走らせてくれ給え」
「さあそれは――」と運転手は考えていたが、
「一つ中のお客さんに相談して下さいよ」
中のお客さん? 二人は驚いて後をふりかえって見ると、今まで一向気がつかなかったが、その函の片隅に薄汚い洋服を着た中年の男が、膝小僧《ひざこぞう》を抱えてよりかかっていた。睡っているらしい。
怪トラックの行方
睡っていると思った洋服男は、実は睡っていなかった。
「わしは反対じゃ。わしは理科大学の地質学講座を持っている真鍋《まなべ》じゃ。探偵のお伴は御免《ごめん》じゃ。皆下りてくれんか。この車はわしが契約しとるのでな」
「こいつ大きな口を利く男じゃな。畳《たた》んじまった方が早い」
と大辻は飛びかかりそうだ。
「待てったらお待ちよ大辻さん。この人は先生だから大きな口を利くんだ
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