うか。否! 否!
岩の悲運
三吉の頭のところに最初、プスリと穴があいた。次に肩のところに……。
「あッ」
と鋭い叫声だ。叫んだのは三吉でなくして、それは「岩」だった。ガラガラと硝子板の壊れる響がした。
(しまった!)
三吉を射ったには射ったが、三吉が大きい魔法鏡にうつっているその三吉を射ったので、三吉の生命には別条《べつじょう》がなかった。本物の三吉はどこにいるかと、クルリと岩が身体をひねったときは既に遅かった。なにか足首にガチャリとからまったものがある。と思う間もなく、足がいきなり宙に浮いた。あッとピストルを取落した。
「これはいかん」
と思う間もなく、キリキリキリと音がして足が頭より上に上った。巨大な岩の身体が、天井に逆《さかさ》に釣《つる》されてしまったのだ。
「おッ、おッ、おのれッ」
もう歯噛《はがみ》をしても間に合わない。
そのときどこからか、本物の三吉少年が現れた。
「オイ岩。もう駄目だぞ」
「なにを、この小僧《こぞう》奴《め》」
「お前は室町の地下で、どんな大悪事を企《たくら》んでいるのだ。それをいえ。いわないと苦しがらせるぞ」
「誰がいうものか。死んでもいわねえ。しかし日本国中の人間どもが泣《な》き面《つら》をすることは確かだ。もうとめてもとまらぬぞ。ざまアみやがれ」
何事か大変なことが起りかけているのだ。三吉少年はハッと胸を衝《つ》かれた。岩がこんなになってもいわなければそれまでだ。
「よオし」
と叫ぶと、三吉少年は井戸の蓋をあけて、その中へいきなり身を躍らせた。
井戸を下りる三吉
怪盗「岩」は、少年探偵三吉のためにうまく一杯喰わされ、逆《さか》さに梁《はり》に釣り下げられている癖《くせ》に、「いまに日本国中の人間どもが泣面《なきつら》をかくぞ、ざまア見やがれ」と大きなことをいっているのは、怪盗とはいえ、なんと面憎《つらにく》いことではないか。しかし日本国中の人間どもが、泣面をかくことなどという恐しいことが、本当に起りかけているのだろうか。一体それは、どんなことなのだろう?
勇敢にも少年探偵は、井戸の中へ飛びこんだ。飛びこんでみると、果してそこには、一条の縄梯子が懸っていた。
「やッ、こんなものを使って、岩のやつ、登って来たんだナ」
三吉はスルスルと、深い井戸の底の方へと下っていった。およそ四五メートルも下ったときのことだった。突然に彼の頬を、一陣の生温《なまあたたか》い風が、スーッと撫《な》でた。
「おやッ」
袋の鼠か?
(なんだろう?)
三吉は懐中電灯をパッと照らしてみた。するとそこには真四角な窓みたいなものが、壁のところにポカリと開いていた。生温い風が、その窓からスーッと吹いてきた。
(どこから風が上ってくるのだろう。この窓の下には、なにがあるのだろう?)しかしグズグズしている場合ではない!
「よオし、突進だッ」
三吉は自分で自分を励《はげ》ますように叫んで、その窓の中へ入っていった。内部には誰が拵《こしら》えたのか階段があった。少年は、薄明るい懐中電灯の光を頼りに、ゴム毬《まり》のようにトントンと階段を下っていった。
階段は間もなく尽《つ》きた。そしてそこには、重い鉄の扉が行手を遮《さえぎ》っていた。
そのとき突然、頭上からピカリと強い光が閃《ひらめ》いた。
「おッ」
と三吉は身を縮めると共に、上を見上げた。ああ、どうしたというんだろう。さっき三吉の潜りこんだ窓が、真四角にポッカリ明るくなっている。そしてその窓口から、しきりに三吉の方を窺《うかが》っている一つの恐しい顔! それは紛れもなく「岩」ではないか。しきりに懐中電灯をふっているところを見ると、まだ三吉を見つけていないらしい。道は一本筋の、しかも行き止りの袋路《ふくろじ》だ。見つけられたが最後、三吉の生命はないものと思わねばならぬ。
一番下の階段に、少年の身体が僅かに隠れる程の、隙間があった。三吉は、まるで兎が穴へ潜っているような恰好で、その蔭にうつ伏《ぶ》していた。
ギギーッ。三吉の耳許で、突然、金属の擦《す》れ合う音がした。はッと驚いて、頭をあげてみると、いままで岸壁のように揺《ゆ》らぎもしなかった鉄扉《てっぴ》が、すこしずつ手前の方へ開《あ》いてくるのだった。
九死に一生!
扉は重いと見えて、ほんの少しずつ拡がっていった。
「お、親分?」
と三吉の頭の上で、太い声がした。
(もう駄目だッ)
と三吉は思った。敵も敵、岩の子分である。上からは岩が恐しい眼を剥《む》き、下からは逞《たくま》しい子分が腕を鳴らしているのである。三吉の進退は、まったく谷《きわ》まってしまったのであった。
だがしかし、さすがは少年探偵として、師の帆村荘六から折紙《おりがみ
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