》をつけられている三吉のことだった。九死のうちにも、僅かな隙を見出す機転と胆力《たんりょく》とがあった。
「おお、気をつけろ。その辺に小僧が逃げこんでやしないかッ」
 と上から岩がどなった。
「えッ」
 と下にいる子分は、階段の下をジロジロと眼をくばった。しかし三吉の姿はどこにも見えなかった。階段の蔭にも、扉のうしろにも……。
「いませんぜ、親分」
「そんなことはないんだが……」と岩も不思議そうにまわりを見たが、やっぱりいない。「ハテナ。たしかにこっちへ来たはずなんだが」
「親分、もう時間がありませんぜ」
「そうか。いよいよ、もう始る時刻だったな。それじゃ小僧にかまってなどいられない。さア地底機関車に全速力を懸けて飛ばすんだ」
 ああ、地底機関車。地底機関車は、その扉の向うにあるんだ。
 三吉はどこへ消えたのであろうか。


   解けぬロープ


 三吉は、危い瀬戸際《せとぎわ》で、子分の足許を鼠のように潜《くぐ》りぬけると、扉の向うへ入ってしまったのだった。まさか自分の足許を潜るものがあろうとは、子分先生も思わなかった。
 三吉は見た! そこで彼は見たのである。噂には聞いたが、始めて見る地底機関車だった。
 芋虫《いもむし》を小山ぐらいの大きさにした奇妙な姿の地底機関車だった。全体はピカピカと、銀色に輝いていた。車体の前半分は、鯨でも胴切《どうぎ》りに出来そうな大きい鋭い刃が、ウネウネと波の形に植えつけられてあった。これがブーンと廻転を始めると、土は勿論《もちろん》、硬い岩石でも、鉄壁《てっぺき》でも、コンクリートでも、まるで障子《しょうじ》に穴をあけるのと同じように、スカスカ抉《えぐ》られてしまうのだった。なんという不気味《ぶきみ》な、いやらしい恰好の地底機関車だろう!
 車体の後半分は、普通の汽車の運転台と大した変りはなかった。
「よいしょッ!」
 と子分は飛びのって、運転手の席についた。岩も続いて乗りこんだ。
「親分、なんです。その足のところに捲《ま》きつけている長いものは……」
「これか」岩はチェッと舌打《したうち》をした。「小僧に捲きつけられた鋼《はがね》のロープだが、上の鉤《かぎ》のところはやっと外《はず》して来たが、あとは足首から切り離そうとしても、固くてなかなか切れやしない」
「そんな長いものを引張《ひっぱ》っていらっしゃるなんて、ご苦労さまですね」
「な、なにをッ」岩は子分をピシャリとぶんなぐった。「無駄をいわねえで全速力でやれッ」
 子分は見る見る面をゴム毬《まり》のように膨《ふく》らませたと思うと、起動桿《きどうかん》をグッとひいた。地底機関車は、獣のような呻《うな》り声をあげて、徐《しず》かに動き出した。――三吉はヒラリと、車の背後に飛びついた。


   全速力の地底機関車


 泥土《どろつち》や岩石は、渦を巻いて飛び散り、物凄い響に耳はきこえなくなるかと思われた。
 岩は機関車の出入口に近く、向うを向いて膝小僧を抱《かか》えていた。彼は、
「見ろよ見ろ、見ろ」
 と、呪《のろい》の声を発しつづけていた。
 三吉はじりじりと匍《は》いながら、前進した。彼は岩の足首を縛っているロープの端《はし》っこをつかんだ。
(見ろよ見ろ、見ろ!)
 彼は、岩の独言《ひとりごと》を真似して、口中でいった。
 ロープの端っこは、素早く機関車の鉄格子《てつごうし》に結びつけられた。
「もっと速力を出さねえか、コノ愚図野郎め」
 岩は運転をしている子分の腰のところを蹴った。
「あッ痛テ。なにを親分……」
「き、貴様、おれに反抗する気かッ」
 と立ち上ろうとした岩は、その瞬間、ロープが足に結びついていることを忘れていたので、立ち上るが早いか、ロープに足を搦《から》まれ、あッという間に身体の中心を失った。
「うわーッ」
 と叫び声を残すと、岩の身体は、もんどりうって、車外へ飛び出した。
「ざまア見ろッ」
 と子分があざ笑う、その鼻先へニューッとピストルの銃口が……。
「あッ――て、てめえは……」
「小僧探偵の三吉だ。神妙《しんみょう》に、向うを向いてそのまま地底機関車を走らせるんだ。そしてあの現場へ急がせろッ」
 あの現場とは、三吉の当てずっぽだった。そういえば、うまいところへ連れてゆくだろう。外では「岩」が全速力の機関車にひきずられて、眼も口も泥まみれになって、虫の息だった。地底機関車は、マンマと三吉少年に占領されてしまった!


   地底の大鳴動


「間に合うか?」
 とピストルの銃口を向うにして三吉は声をかけた。
「さア、もうあと三十秒です」
「もっと速力を出すんだッ」
 轟々《ごうごう》たる音響をあげて、真暗な地中を地底機関車は急行した。
 もう二十秒、十秒、五秒……。
「地底機関車は壊れてもいい。もっと速力
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