」と三吉は一生懸命だ。「あの月島と日本橋室町とが、もし、地中路で続いていたとしたら、この疑《うたがい》がうまく解けるじゃないですか」
「そんな地中路はありゃせんよ」
「でも地底機関車を使えば作れますよ」
「地底機関車を見たものは一人もないじゃないか。そんなあぶなげな想像は、学者には禁物だ」
「じゃ、僕は地底機関車をきっと発見してきますよ」
「ばかなことを」
「とにかく先生。先生の考案された携帯用地震計を貸して下さい。それで地底機関車を探し当てて来ますから」
「それほどにいうのなら、あいているのを一台貸してあげよう」
 とうとう博士は折れて、三吉のために携帯用地震計を貸し与えた。それは机の引出ほどの大きさの器具だった。
 博士が室を出てゆくと、二人も立上った。
「三吉、そんなもの何にするのだよオ」
「これで僕が手柄を立てて見せるよ」
「手柄といえば」と大辻は急に思い出したように、岩の足型を出して、博士の残していった靴跡に合わせた。
「まだ岩は博士に化けていないや」大辻は仰山《ぎょうさん》に失望の色をあらわしていった。


   右の手首!


「親分じゃねえかな」
 地下室で不安な顔を集めていた岩の子分は、サッと顔をあげた。入口の上につけた赤い電灯が、気味わるく点滅している――
 コツ、コツ、コツコツ。
「うッ、親分だッ」
「親分は無事だったぞ」
 子分たちは兎のように席から躍り出て、扉《ドア》を開いた。はたして外には、岩が、スックと立っていた。
「お帰りなせえ」「お帰りなせえ」
 岩は黙々《もくもく》として室に入った。右手を深くポケットに入れたまま、大変疲れている様子だ。
「親分、首尾は?」
 奥の大椅子に身体を埋めた岩は、子分の声にハッと眼を開いた。
「百万弗は正に手に入れた。だが――」と岩は声を曇らせた。
「おれも相当な代価を払ってきた」
「なんですって、親分?」
「こ、これを見ろ!」
 岩は痛そうに歯を食いしばって、右手をポケットから静かに出した。
「おッ、お親分、手首をどうしたんです」
 手首が見えない。右の手首の形はなく、ゴム布《ぎれ》のようなものでグルグル捲《ま》いてある。
「正金銀行の金庫の底に、爆弾が仕掛けてあったのだ。……そいつに手首を吹き飛ばされたのさ」
 怪盗にしては、百万弗の代償にしろ、たいへん不出来ではないか。


   恐しき相手


「俺ともあろうものが、かけがえのない手首をもがれるなんて。無念だッ」岩は手首のない右腕をブルブルふるわせて叫んだ。「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジ釘《くぎ》一本だって調《しらべ》をつけてあったんだ。それにむざむざと……」
「そういえば親分」と兄貴株の紳士|鴨四郎《かもしろう》がいった。「昨日のラジオじゃ、エンプレス号は午前中に金貨と諸共《もろとも》、海底に沈んだそうで、それが間もなく潜水夫を入れて探したところ、もう百万弗の金貨が影も形もなくなっていたという。しかし親分の話では、昨夜遅く、正金銀行まで出掛けて、百万弗を奪ってきたという。これじゃ話が合わない。一体どっちが本当なんです」
「それだ」岩の顔は歪《ゆが》んだ。「俺は正金へ金貨を搬《はこ》ばせる計画だった。ところがラジオでは、海底に金貨が沈んだと放送し、それから二度目のニュースでは、金貨が海底で見えなくなったという。これでは俺が手を出さない先に、鳶《とび》に油揚《あぶらげ》をさらわれた形だ――と、もう少しで口惜涙《くやしなみだ》で帰るところだった。
 ところがあれが警察のデマ、でたらめなんだ。正金銀行へ移したことは極力《きょくりょく》秘密さ。そう放送すれば岩は諦めるだろうと思ったのだ。……俺はも少しでマンマと百万弗を握り損《そこな》うところだった。
 警察にしちゃ、鮮《あざや》かすぎる手だ。そこで俺は気がつくべきだった」
「どう気がつくべきだったんです」
「爆弾に手首を吹き飛ばされ、痛いッと叫んだ瞬間に、俺は気がついたのだ。恐るべき俺の敵が、日本に帰ってきているということを――」
 そういって岩はフッと押し黙った。怪盗岩が恐れる敵とは、そも何者か?


   岩は何をする?


 警視庁では千葉総監を囲み、捜査係官の非常会議が始っていた。遠く横浜警察の署長までが参加していた。
「では始めます」そういったのは大江山捜査課長だった。「岩はこれから何をするか、それについて皆さんの御意見を伺《うかが》いたいものです。……いままでに岩のやったことを考えてみますと、第一には地底機関車を奪い取った事件です。これが岩の仕業《しわざ》であることは、証拠の上でハッキリいえます。第二には、正金銀行から百万弗の金貨を盗んだ事件です。
 私達は金庫の前面ばかりを注意していましたが、岩の方はその裏を掻《か》いて、
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