《どな》った。
「もうこれで一杯です。これ以上出すと、壊《こわ》れます」
「壊れてもいいから、やれッ。岩に、また一杯喰わされるよりはまし[#「まし」に傍点]だッ」
もう目を明いていられぬような速力だ。自動車は空《くう》を走っているように思えた。サイレンの恐ろしい呻《うな》り声が、賑《にぎ》やかな大通を、たちまち無人の道のようにした。
やっと、恨《うら》みの残る波止場へ出た。なるほど燃えているのはエンプレス号だった。黒い煙や黄色い煙が色テープのように、横なぐりの風に吹き叩かれ、マストの上を、メラメラと赤い火焔が舌を出していた。
「金貨は?」課長は叫んだ。
「安全に正金銀行《しょうきんぎんこう》へ移しました」と波止場を警戒中の警部が駈けつけていった。
「そうか。では正金へ行こう」
一行の自動車は、正金へ又動き出した。二分とかからぬうちに、銀行の大玄関についた。
「金貨はどうした?」課長は又叫んだ。
「地下金庫に入れました。御安心下さい」
そこにいた警部が、挙手《きょしゅ》の敬礼《けいれい》をとって、自信ありげに答えた。
「そうか。それで安心した」
と課長は言葉と共に、額の汗を拭った。
暗闇の警備
その夜の正金銀行の警戒ほど厳重なものは無かったと思われる。
特別警察隊の腕きき警官が三十人と、横浜の警察の警官と刑事とが五十人と、合わせて八十人の警戒員は、大江山捜査課長の指揮のもとに、それこそ蟻のはい出る隙もないほどの大警戒に当った。
夜はシンシンと更けた。
「大丈夫かい」
「大丈夫にもなんにも、人一人やって来ないというわけさ」
警戒員同志が、暗闇の中でパッタリ突きあたると、お互いの顔を懐中電灯で照らし合いながらこんな会話をした。
「異状なし」
「全く異状ありません」
かくて夜明けが来た。東の空が、ほの明るくなって来た。
「夜が明けるぞ。とうとう、岩はやってこなかった」
「あいつもやき[#「やき」に傍点]が廻ったと見える。昨日のうちに貰うぞといっときながら、一向《いっこう》やってこんじゃないか。尤《もっと》も僕たちの警戒がうまく行ってるので、恐れをなして寄りつかなかったんだろうけれど」
だが課長だけは心配が抜けなかった。今日になって、金貨の顔を実際に見ておけば、本当に安心出来ると思った。
「よし、金庫を開けよう」
ああ金貨百万|弗《ドル》
正金銀行の大金庫は、入れるのには簡単だったが、開くのには大変骨が折れた。それは容易に盗み出されないためだった。
ようやく、ギーと最後の室が開いた。もうあとは最後の文字盤を合わせて、ハンドルをぐっと引張ればよい。
大江山課長はじめ警察の人々、銀行の人々は、思わず唾《つば》を嚥《の》みこんだ。
ガチャン、ガチャン、ガチャン。――
ハンドルを握って引張ると、ビール樽《だる》をはめこんだような金庫の扉《と》が、音もなく口をあけてくる――
金貨は?
「あッ」
「おお、金貨が見えない」
不思議だ、不思議だ。金貨が重さで一|瓲《トン》半もあるというのが、姿を消して一枚も残っていなかった。あの厳重な警戒網を誰が抜けることができたろう。
全くのところ、この金庫室には誰も入らなかったのに、それだのに金貨は煙の如くに失《う》せている。
大江山課長の顔は、赤くなったかと思うと、こんどは反対に土のように青ざめた。
怪盗岩は、約束をほんとうに果したのだった。
少年探偵三吉は、どこで何をしているか。岩は、あの大金をどうして運び出したか、そしてまたどこへ使おうというのか。
ルンルンルンルン、どこからともなく響いてくるエンジンの音――あれは若《も》しや噂に聞く地底機関車ではないだろうか。
少年探偵の疑問
「岩」という怪盗は、さきに世界に一つしかないという地底機関車をさらっていったが、それから間もなく、今度はエンプレス号の金貨百万|弗《ドル》を、正金銀行の大金庫から、やすやすと奪い去った。
少年探偵三吉は、珍探偵大辻又右衛門と一緒に、この事件の探偵にあたっている。
大辻の方は、「岩」の足型を後生大事《ごしょうだいじ》に抱《かか》えているのに対して、わが三吉は理科大学の造築場へ、月島から搬《はこ》んできた青い土に眼をつけている。
「日本橋室町附近にしかないといわれるこの青い土が、どうして月島から掘り出されるんだろう?」
と、これが三吉の大疑問だった。
さて「岩」は、どこに潜んでいる?
博士の地震計
「そんなばか気たことがあるものかね」
そういったのは、鉱物学の大家《たいか》、真鍋博士だった。前には三吉と大辻とが控《ひか》えている。
「そうだ、ばかばかしいや。おい三吉、もう止《や》めて帰ろうよ」と大辻老は腰が落付かぬ。
「いや先生
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング