不凍港《ふとうこう》にして貰いたいというのだ。シベリアに棲《す》むのに、毛皮の外套《がいとう》なんか用なしにして呉《く》れというのだ。ペチカも不要、犬橇《いぬそり》なんかおかしくて誰が使うかという風に笑い話の出来るようにして貰いたいのだ。いや、もう何もいうまい。われわれが抱いていた夢はすべて消えた。科学の魔王金博士が健在なる間は、われわれの望みはきっと実現されるものと思っていたが、そもそもそれが思い違いだった。なにが科学の魔王だ。シベリアから雪と氷とを追放するぐらいのことが出来ないで、へん、何が金博士さまだ」
「やろうと思えば、そんなことぐらい訳なしだ」
金博士が、西瓜を噛みくだく間に、ぽつんぽつんと言葉を挟《はさ》んでいった。
「ええええええっ!」
と、ネルスキー特使は、金博士の言葉をきいて椅子からすべり落ちた。よほどおどろいたものと見える。
「あれっ、早《はや》もう重心方向が変ったかな。この太っちょの特使閣下が安定を欠《か》いて椅子から滑り落ちるとは……」
金博士は、人のわるいことをいう。
ネルスキーは、腰のあたりを痛そうにさすりながら立ち上ったが、彼はすぐ金博士の手をとって押し戴《いただ》き、
「そういうこととは存ぜず、さきほどから失礼いたしました。今更ながら、博士の学問の深く且《か》つ大きいことについては驚嘆《きょうたん》の外《ほか》ありません。どうかわが国を救っていただきたい。九十九|路《ろ》は尽《つ》き、ただ残る一路は金博士に依存する次第である。金博士よ、乞う自愛せられよ」
有頂天《うちょうてん》になったネルスキー特使は、まことに現金なごま[#「ごま」に傍点]をする。
「で、博士。それなら実際問題として、どういうことをなされます。これは宰相に報告する貴重なる材料となりますので、ぜひお話し置き願いまする」
「さっきから聞いていれば、わしが一口|喋《しゃべ》る間にお前さんは二十口も喋るね。北国人《ほっこくじん》には珍しいお喋りじゃ」
「これは御挨拶《ごあいさつ》です」
「まず何よりも決めて貰いたいのは報酬《ほうしゅう》問題じゃ。これが成功の暁には何を呉れますかな」
「ああ報酬ですか。これは申し遅れて、まことに申訳なし。わが宰相から委任されている範囲内でもって、如何様なる巨額の報酬でもお支払いいたす。百ルーブル紙幣を、博士の目の高さまで積んでもよろし
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