いです」
「いや、ルーブル紙幣の名を聞いただけで、寒気《さむけ》がしてぶるぶると慄《ふる》えが出る。そんなものを紙幣で頂《いただ》こうなど毛頭《もうとう》思っとらん」
「では何を……。あ、そうそう、カムチャッカでやっとります燻製《くんせい》の鰊《にしん》に燻製の鮭《さけ》は、いかがさまで……」
「それだ。初めから、そういう匂いがしていた。燻製の本場ものはさぞうまいことじゃろう。そっちから申込みの仕事は、その燻製が届いてから始めるから、仕事を早く始めて貰いたかったら、一日も早く現品《げんぴん》をわしのところへ届けなさい。では失礼」
 というと、金博士の姿は忽然《こつねん》としてその場から消えた。日本人に見せたら、これはきっと金博士が忍術を使ったと思うだろうが、実はさにあらず、例の偏光硝子《へんこうガラス》で作った衝立《ついたて》の中に、博士が入ったためで、博士の方からはネルスキーの方が見えるが、ネルスキーの方からは博士が絶対に見えないのであった。


     3


 シベリアから雪と氷とを永遠に追放して呉れさえすれば、今次戦《こんじせん》に惨敗《ざんぱい》をくらった政権が猛然と立ち直り得るというのであった。
 金博士は、大自然力《だいしぜんりょく》を向うへ廻してのこの極めて困難なる大事業をわずかの燻製の魚類《ぎょるい》を代償に簡単に引受けてしまったのであった。
 博士は一体成算があるのであろうか。
 いや、これまでの博士のひととなりを知っているわれらは、今度も博士が十分やりとげる自信があって引受けたものと信ずる。それにしても報酬があまりに粗末すぎるようでもあるが、元来《がんらい》博士は黄金の価値について無頓著《むとんちゃく》で、只《ただ》マージナル・ユーティリテーの大なるものこそ欲《ほ》しけれ、という極めて淡白なる性格の人だった。それはそれとして博士は今いかなる計画を胸に描いているのであろうか。
 髭の宰相の狙う最後の機会なるものは、シベリアから雪と氷を永遠に追払うことに繋《つな》がれてある。
 いかなる学者が聞いても、とたんに気絶するであろうと思われるこの難事を博士はとたんに胸のうちに解決をつけていたのだ。
「地軸《ちじく》を廻せば、そんなことは自由自在に出来るじゃないか」
 地軸を廻すとは?
 地球は地軸を中心として、反時計式に回転している。
 その地軸は、二
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング