炭の山の中を、吊《つ》り籠《かご》が通る度《たび》ごとに、籠《かご》一杯の石炭を詰めこんで、上に昇ってゆく。辻永は石炭庫《せきたんこ》の周《まわ》りをしきりに探していたが、
「いいものを見付けたぞ」と辻永はいよいよ元気になった。「ハテこれは綿《わた》やの広告だ。それも塀《へい》に貼ってあるのを引き剥《は》いだものらしい」
辻永は石炭庫の傍《そば》から、真黒《まっくろ》になった紙片を拾い出して、私に示した。
「塀《へい》というと――」
「塀というと、あれだ。あの黒い塀だッ。あの塀に、これが貼ってあったのだ」
石炭庫の向うに、大分痛んだ塀が見える。辻永は身を翻《ひるがえ》すと駈け出した。機械体操をするように、彼はヒョイと塀に手をかけるとヒラリと身体を塀の上にのせた。
「これは大変なところだぞ」
彼は声をかえて駭《おどろ》いた。そして俄かに身体を浮かすと、ドッと地上に飛び下りた。
「オイどうしたんだ」
「イヤこれは実に大変な場所だよ、君」
そういって辻永は、心持《こころもち》顔色を蒼《あお》くして説明をした。それによると、彼がいまよじのぼった塀の外は「ユダヤ横丁《よこちょう》」という
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