ために家の近所で降りて、あとはお歩《ひろ》いだ。しかし何分にもかゆくて藻掻《もが》きだす。そこであの近所にある一軒の薬屋を叩き起して、かゆみ止めの薬を売って貰う。――どうだ、この先はどこへ続いていると思う」
「いや、それはあまりに独断《どくだん》すぎる筋道《すじみち》だと思う」私は最初のうちは彼の鋭い探偵眼に酔わされていたような気持だったが、話を訊《き》いているうちに、なんだかあまりにうまく組立てられているところが気になった。
「独想ではない、厳然《げんぜん》たる事実なのだ、いいか」と辻永は圧迫《あっぱく》するような口調で云った。「そのかゆみ止めの薬が又大変な薬で、かゆみを止めはするけれど、例の妖酒に対して副作用を生じるのだ。その結果夜中になって、その男を桜《さくら》ン坊《ぼう》の寝床から脱け出させる。現《うつつ》とも幻《まぼろし》ともなく彼は服を着て、家の外にとび出すのだ。一寸《ちょっと》夢遊病者《むゆうびょうしゃ》のようになる」
「まさか――」
「事実なんだから仕方がない。その擬似《ぎじ》夢遊病者はフラフラとさまよい出《い》でて、必ず例のユダヤ横丁に迷いこむ」
「それは偶然だろう」
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