には入って来ないわけのものだが、だが一本だけ間違ってこの銀座に来ているのだ。或るバーの棚《たな》の或る一隅《いちぐう》にあるんだ。ところがそのバーの主人も、その酒の本当の効目《ききめ》というものを知らないのだから可笑《おか》しな話じゃないか」
「それでは若《も》しや……」
「まア聞けよ」と辻永は私を遮《さえぎ》った。「その酒は滅多《めった》に客に売らないのだ。だが特別のお客に売ることがあるし、また間違って売る場合もある。それはバーの主人がときどき休む月曜日の夜に、不馴《ふな》れなマダムが時々こいつを客に飲ませるのだ。勿論《もちろん》マダムはそんな妖酒とは知らず、安ウイスキーだと思って使ってしまうのだ。――ところでこの酒を飲まされたが最後大変なことになる」
「ナニ大変なこと!」
「そうだ。大変も大変だ、自分の身体が箱詰《はこづ》めになってしまうんだ。無論《むろん》息の根はない。再び陽の光は仰《あお》げなくなるのだ」
「オイ辻永。その洋酒の名を早く云ってしまえよ」と私は卓子《テーブル》から立ち上った。
「まア鎮《しず》まれ。鎮まれというに」彼はいよいよ赤とも黄とも区別のつかぬ顔色になって、
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